*第35回*  (H27.3.31 UP) 前回までの掲載はこちらから
地域医療を支える国立大学医学部の役割トップページへ戻る
今回は名古屋大学での取り組みについてご紹介します。

名古屋大学の「地域枠」入学制度
~導入から現在まで、そして今後~
文責 : 名古屋大学大学院医学系研究科長・医学部長  髙橋 雅英 先生
  名古屋大学医学教育センター 教授 植村 和正 先生 
             
1.愛知県の医療の現状と課題
 愛知県の人口10万人あたりの医師数は203.4人で、全国で下位から12位、全国平均より10%以上少ない(全国平均230.4人)。平成24年6月実施の調査によると、県内全病院325病院中21.5%にあたる70病院で医師不足のために入院診療の休止や時間外救急受入れ制限などの診療制限を行っていた。平成20年度の時点でも公立病院の20%において、何らかの診療科が一部か全閉鎖に追い込まれる状況であった。つまり、愛知県における地域医療の課題は、とりもなおさず病院医療、就中、公的基幹病院における勤務医不足である。


2.「地域枠」入学制度導入と地域医療教育カリキュラム開発
 平成19年8月30日に地域医療に関する関係省庁連絡会議(総務省、文部科学省、厚生労働省)において、医師確保のための総合的な対策(『「緊急医師確保対策」に関する取組について』)が取りまとめられたことを受け、愛知県の地域医療を担う指導的・中心的人材の育成の使命を果たすため、平成21年度入学者選抜より、緊急医師確保対策に基づく定員増分の3名(翌平成22年度より2名増員して5名)を後期日程に設定し、地域医療への貢献に熱意ある学生を全国から選抜することとなった。なお、この「地域枠」入学生は、愛知県の奨学金貸与を受け、卒後は愛知県の指定する病院で9年間研修及び勤務する。
 「地域枠」入学制度導入を契機に、学生の地域医療に対する理解と動機付けを高め、地域医療に接する機会をより多くする視点から、教育カリキュラム等を次のように改正整備した。

・第1学年での医学入門

 早期体験実習(Early exposure)として従来行われていた地域福祉介護実習等に加えて、地域医療関連特別講義を導入した。
・第3学年での基礎・社会医学セミナー

 いわゆる基礎配属として、新たに地域医療研究枠を設定した。地域医療と医学・医療教育に関する調査等を行うことで、早期から地域社会に接する機会が得られる。
第4学年での系統講義
 必修系統講義に地域医療枠を新設した。講義内容は、「地域医療総論(愛知県の医療資源や制度等)」「病診・病病連携」「医療者としてのセルフマネージメント(ストレスコーピング等)」「医のプロフェッショナリズム」「多職種連携」等である。
・第5学年の地域病院実習
 従来、関連病院を中心に地域中核病院で1ヶ月間臨床実習を行ってきたが、「地域枠」学生を対象に、特に医師不足が顕著な中小規模病院を選定して実習を行う。
・第6学年の診療参加型臨床実習
 従来、本学医学部附属病院の各診療科に配属するかたちで行われてきたが、病院総合医としての基本的臨床能力を習得する目的で、指導医かつロールモデルとしての総合医がいる中小規模病院を選定して実習を行う。

3.地域医療教育の現状(地域医療教育学講座の活動)
(1)地域医療セミナー
 平成21年度より、愛知県内の「地域枠」学生(名古屋市立大学生、平成24年度より愛知医科大学生を含む)を対象に、2ヶ月に1回の頻度で課外授業として開催している。内容としては、学外から招聘する講師による講義以外に、学生主体のワークショップ形式も取り入れている。テーマとしては、「新入生歓迎BLS講習会」「医療の生物・心理・社会(bio-psycho-social)モデル」「女性医師のキャリア・パス」「地域医療現場におけるストレスコーピング」「国境なき医師が行く(国境なき医師団所属医師による)」「在宅緩和ケア」などである。


(2)地域病院見学と発表会

 「地域枠」学生は卒業後一定期間(研修期間を含めて9年間、そのうち5年間は医師不足地域の基幹病院)、愛知県が指定する病院で勤務することになるが、その土地や病院、および自分たちの使命に関して様々な不安を感じている。その不安を少しでも解消し、将来与えられる役割を理解し意欲を促進するために、将来赴任する可能性のある病院を訪ねる病院見学会を行っている。夏休み期間中に病院を訪れ、病院職員や指導医、場合によっては患者さんに直接ふれあう体験は彼らには貴重である。
 見学から帰ったあとは発表会を開催し、それぞれの体験や気づきを他の学生と共有する機会としている。

(3)多職種連携教育(つるまいIPE)

 5年生の臨床実習の一コマを使って、他大学薬学部学生(名城大学・金城学院大学・愛知学院大学5年生、名古屋大学病院で臨床実習中)や本学保健学科の看護学専攻学生(3年生)が協働して、入院中の喘息患者の退院療養計画を立てる、というシミュレーション教育プログラムである。
 実践的な実習であるという以外に、他職種の職能への理解と患者・医療者関係性の相違への気づきが深まり、そして、患者中心医療の重要性の理解が進むという意義がきわめて大きい。この評価は我々だけでなく、薬学部や看護学専攻の教員も実感している。


(4)その他
 地域医療教育学講座は、設立当初より、単に卒前の本学学生教育を担当するだけでなく、愛知県を含む当地域の医学生(他県他大学生を含む)や研修医教育にも従事し、「地域ニーズ志向型(Community Needs Oriented)」医療人育成を推進することも講座ミッションとして位置付けていたので、ここまで紹介した活動以外にも学内外で様々な教育活動を積極的に行っている。

4.「地域枠」学生に対するキャリア支援
 卒後9年間、「専門研修」期間を加えると12年間、愛知県が要請する地域医療への貢献が期待される彼らは、その一方で、キャリア形成に関する適切な支援を受ける必要がある。愛知県としては、彼らが選択する専攻の大学診療科に委託する意向である。そして、専攻が決定するまで、あるいは大学診療科(いわゆる医局)に所属することを選択しない場合には、本学においては地域医療教育学講座の教員が卒前から引き続き彼らを支援する。