*第63回*  (H29.10.26 UP) 前回までの掲載はこちらから
地域医療を支える国立大学医学部の役割トップページへ戻る
今回は島根大学での取り組みについてご紹介します。

地域へ貢献する医療人育成:島根大学医学部の取り組み
文責 : 島根大学医学部地域医療教育学講座教授・医学科長 熊倉 俊一 先生

 島根大学医学部医学科は、「地域に根ざし、地域社会から世界に発信する個性輝く大学」を目指す島根大学の理念に基づき、地域の医療を担う優れた人材を育成するとともに、疾病の予防や新たな治療法の開発など医学・医療に関する特色ある研究を推進し、広く人類の医療・福祉の発展に寄与できる人材を育成することを使命としています。地域医療を担う人材の育成については、高大連携から卒前卒後教育・生涯教育の一貫した地域医療人育成のための取り組みを積極的に推進し、また、島根県や県内医療機関等と連携し、県内で活躍する医師のキャリア形成支援を充実させ、安心して地域医療に取り組める体制を整備しています。

地域医療教育
 入学後早期から地域基盤型の教育を行うことにより、地域医療に対する高い意欲と使命感を涵養し、地域医療への動機付けの向上を図っています。1年次には、早期体験実習、地域医療学(Team-based learningを含めた講義)のカリキュラムを整備し、また、春季夏季の休みを利用して県内の地域医療機関にて実習を実施しています。この実習は、1年次から6年次にわたり実施しています。3年次は、環境保健医学における地域実習を行い、臨床実習開始後からは、約70の医療機関の協力のもとで地域医療実習(必修及び選択)を行っています。図1には、地域医療実習終了時の学生アンケートの一部を示します。学生の地域医療へ対する動機付けや意欲の向上が示唆されます。

   


 これら地域医療実習にかかる経費は、学生の宿泊と指導に対する謝金を医学部経費より支弁し(宿泊費の一部を学生が負担していた年度もあり)、交通費は医学部後援会からの援助により捻出しています。毎年計上する教育経費の負担は大きく、開学当初から実施していた関連教育病院(県立病院)に対する協力謝金の減額をお願いしたり、学生が宿泊する際は可能な限り地域医療機関の宿泊施設を利用するなど、経費軽減に努めています。
 地域医療実習は、大学に設置されている4つの講座(地域医療教育学講座、地域医療支援学講座[島根県寄付講座]、総合医療学講座[島根県大田市寄付講座]及び地域医療政策学講座)が中心となり実施しています。これら講座の教員は、地域に行き、地域医療機関の指導医とともに学生を指導します。また、実習終了後は、地域医療関連講座の教員が地域の7ヶ所に出向き、実習の振り返りとFDを行っています(図2)。

 

 地域医療教育の推進は、本学の教育の根幹をなすものでありますが、その教育を担う教員人件費の多くが外部資金に頼っているのが現状です。この点、地域医療教育を支える財政基盤は不安定であるといわざるを得ません。大学が、安定して地域医療教育を推進することができる財政基盤を構築していくことが重要と思われます。

地域枠学生・卒業生のキャリア支援
 地域枠推薦入試(募集人数10名)は平成18年度より導入し、現在は、緊急医師確保対策枠推薦入試(5名)、県内定着枠入試(前期日程・7名)、学士入学地域枠(3年次編入・3名)選抜と合わせて毎年25名の地域枠関連学生が入学しています(図3)。地域枠推薦入試は、へき地出身者を対象とし、故郷の医療機関と社会福祉施設での計8日以上の医療福祉体験活動を実施し、かつ、市町村長等による面接評価を受けることを受験の要件とし、受験する側も選抜する側も大変力の入った入試システムであります。

 

 この入試システムを通して、毎年、故郷の地域医療に高い動機付けを持った志願者が入学します。大学は、これら動機付けの高い学生に対し、入学後も地域に密着した医療体験実習を行うなどして、入学時のこころざしの更なる向上を図り、将来は必ず地域に定着し、医療を担うように指導しています。しかし、地域枠入学者の卒後の動向を見ると、少なからずの者が、都会や県外に行き、研修を開始することを選択しました。これは、地域枠推薦入試が、将来、故郷の医療に貢献することを目的とし、卒後の研修先については規定していなかったことによります。県外で研修をする者に対しては、しまね地域医療支援センターと協力して定期的に面談を行い、県内へ戻り医療を行うように支援や指導を実施しました。その結果、県外に出た者の大部分は、数年後には県内に戻り、専門研修を実施しています。しかし、数名の者は、県外に留まり後期研修を実施しています。これらの者に対しては、継続して定期的な面談を行い、本県の医療に貢献するよう指導支援をしています。現在では、すべての地域枠関連入試において、卒業後は、本学医学部附属病院をはじめとした県内病院で初期研修及び専門研修を実施することとし、そのための確約書を提出してもらうことにしております。
 本学の地域枠入試制度は、本県の地域医療を担う人材を選抜し養成することが目的です。その目的から外れる卒業生が一人でも出れば、入試システムそのものの信頼性や公平性が揺らぎます。本入試制度の目的を確実に果たすことが大学の国民や地域社会に対する責務であり、また、地域枠卒業生にはその目的を達成することが当然求められます。今後、しまね地域医療支援センターとの連携を強化し、より一層充実した地域枠卒業生のキャリア形成支援を実施し、地域定着を促進していく必要があると考えられます。

地域医療の指導者育成
 本学における上記地域枠関係の入学者と卒業生を合わせると、現在、約250名を数えます。この現状において、地域医療を担う人材の継続的かつ安定的な確保を図るためには、地域医療を担う若手医師が、多様な地域医療のニーズに応える臨床能力を修得し、かつ、地域医療に対する探究心や学術的魅力の涵養を通じて、地域医療に対する意欲や使命感が向上できる教育環境の充実が不可欠であると考えます。そのために本学では、大学院医学研究科博士課程に、平成26年度より「地域医療指導者・地域包括ケア指導者養成コース」を設置して、地域の若手医師の教育指導ができる指導者の養成を開始しました(図4)。本コースは、文科省GP未来医療研究人材養成拠点形成事業「地方と都会の大学連携ライフイノベーション」の採択に伴い、開設しました。当初は、医師のみを受け入れておりましたが、地域からの要請に応え、現在では、医師以外の医療スタッフも受け入れて、地域医療のリーダーを養成しています。

 

 更に、未来医療研究人材養成拠点形成事業の採択により、大学院医学研究科修士課程に「地域包括ケア人材養成コース・医療経営重点」を設置し、地域包括ケアの知識と実践的に現場で活用できる能力を備えた医療人材の養成も開始しています。既に修士課程に設置している「地域医療支援コーディネータ養成コース」「医療シミュレータ教育指導者養成コース」とともに、大学の持つ教育研究資源を広く地域に開放し、また、地域から人材を積極的に受け入れております。一方、地域からの人材を大学が受け入れるだけでなく、地域に出向いた教育も積極的に展開しています。シミュレータ教育を担当するクリニカルスキルアップセンターは、学内・附属病院内での教育を行うだけでなく、県下の医療機関に出張し、新人看護師や医療スタッフを対象に、BLSやシミュレータを用いた医療手技の修得や臨床教育を実施しています。毎年、90前後の地域医療機関の要望に応え、延べ1000-2000名の医療者へ教育を行っております(表1、図5)。十分なシミュレータを整備できない、あるいは、教育体制が十分でない地域医療機関にとって、大学の専任教員による指導が受けれることは、大きなメリットになっています。以上の取り組みをより発展させることにより、大学の地域における教育研究拠点としての機能を十分に発揮でき、また、地域社会に大きく貢献できるものと思います。

  表1
   
 
 

 しかし、上記大学院コースの教員の人件費についても、少なからず外部資金に依存しています。実際の研究活動に関わる経費等も外部資金に依存しているのが現状です。大学が、地域社会のニーズに応え、地域社会へ貢献することは、地域貢献をミッションとする大学のあるべき姿でありますが、その財政基盤は決して盤石ではありません。地域貢献への取り組みは、近視的な収入増加には結びつかないものの、将来、地域が活力を持って発展していくためには重要であります。この点からも、地域貢献を十分実施するための財政基盤を強化することが求められます。
 その一方で、財政的窮状から脱却する妙案がない現状で、大学が地域貢献を高めていくためには、大学に多くの教員数を揃えることよりも、地域医療機関の指導医に活路を見出す必要があります。大学との強固な連携のもとで、地域医療機関の指導医が地域での教育研究活動を支え、県下地域の教育研究の向上を図ることができれば、大学と地域が協働して地域貢献を強く推進することが可能です。地域医療現場での教育と研究の充実は、地域医療の担い手の勤労意欲を向上させ、その結果、地域医療を担う人材の確保・定着を促進することになります。その意味でも、大学が地域医療のリーダーを養成することは極めて重要であると思います。


 地域医療を担う人材育成に加え、地域の医師適正配置、偏在の是正、総合診療医の育成、超高齢社会に伴う疾病構造変化への対応、地域を基盤とした研究の活性化など本学医学部が取り組むべき地域課題は多数存在します。本学医学部のあらまほしき未来構想を地域社会に示すとともに、地域を取り巻く諸課題を確実に解決していくことにより、島根県唯一の医育機関である本学医学部が地域社会に対して使命を果たすことができると考えます。