*第7回*  (H24.9.20UP) 前回までの掲載はこちらから
地域医療を支える国立大学医学部の役割トップページへ戻る
今回は信州大学での取り組みについてご紹介します。

信州大学医学部の地域医療人育成の取り組み
文責 : 信州大学医学部長 福嶋 義光 先生
信州大学医学部地域医療推進学講座准教授 中澤 勇一 先生

はじめに
 長野県の平成23年度の医師登録数は4,604名であるが、このうち、信州大学と関連のある医師(卒業生、および他大学出身で信州大学で研修を受けた医師)は6割以上を占め、信州大学が長野県の地域医療に果たしている役割は極めて大きい。長野県は県民だれもが県歌「信濃の国」を歌えるというほど郷土愛の強い地域であり、県としてのまとまりもよい。長野県は長年にわたる保健予防活動等により、長寿で医療費支出が少なく、地域医療の先進モデル県として知られているが、全国3番目の広い県域全てにわたって、十分な医療を行うためには医師数の確保は最重要課題である。

 医師不足は、「絶対的医師不足」をベースに、医師の何らかの偏りを中心とした「相対的医師不足」が複雑に絡んだものである。相対的医師不足の原因としては、医師の地域偏在、女性医師の増加、診療科偏在、診療科の専門細分化などがある。長野県における医師不足も、地域偏在が大きく影響している。一般に、完成された医師の地域偏在の解消は容易でないと言われており、地方に定着する医師を増やすためには、より早期(若年)の段階でのアプローチが必要である。

 信州大学では、平成18年度に文部科学省の医療人GPに「生命を育み救う信州医療ワールドの人材育成 -地域医療人育成センターを中核とした医師の分野別偏在解消のための卒前・卒後・生涯一貫研修-」と題するプログラムが採択されたのを契機に、医学部・附属病院が一丸となって、県内の医師確保及び地域医療の質的・量的向上を目的とした様々な活動を組織的に行っている。その概要を図1に示す。活動内容は入学前、卒前教育、卒後臨床研修、生涯研修の各ステージにまたがっており、本稿ではそのうち入学前と卒前教育で行っている主な取り組みを紹介する。

 
 図1. 医療人GP(平成18年度)に採択された取り組み

1. 地域医療人育成を行うための組織
 平成18年度から平成20年度までは、医療人GPに採択されたことを契機に設立された地域医療人育成センターが中心となって活動を行った。平成21年度から平成23年度は、長野県からの寄附講座として、「県内病院の特に医師不足が深刻な診療科における医師の養成・確保を図るため、医師が不足する特定診療科の効率的な医師の養成等に関する実践的研究を行い、信州大学医学部を中心とした即戦力医師等の供給システムの構築を図る」ことを目的に設立された地域医療推進学講座が中心となった。平成24年度からは、長野県寄附講座から継続する活動に加え、信州大学医学部学生の地域への思いや地域医療マインドを育むための、さらなる地域医療教育の充実を目標に、信州大学医学部講座としての地域医療推進学講座(信州医師確保総合支援センター信州大学医学部分室)が開設され、下記の取り組みを行っている。

2.長野県内の高校生の医学部医学科進学を促進するための啓発活動
 長野県出身の医学部医学科進学者が、必ずしも将来長野県に医師として定着するとは限らないが、医学部学生ならびに専門研修医においては、出身地ならびに出身地近くで勤務したいとの将来の希望があることが明らかにされており、県内の高校から医学部医学科への進学者を増やすことは将来的な県内医師充足のための方策の一つである。このためには、個々の学力向上はもちろんのこと、早期に現実の医療現場を見学・体験し、この学習を通し医師の仕事や医療についての理解を深め、高校生の医師を目指そうとする意欲を育むことが重要である。

1) 信州大学医学部医学科入試説明会
 信州大学では、平成17年度から県内枠特別推薦入試を開始した。県内出身者の卒業後の県内定着率は高い(県外出身者の約2倍)が、県内枠特別推薦入試の導入前は、設立以来約60年間の歴史を通じて、本学入学者のうち県内出身者は平均して約11%にすぎなかった。県内枠特別推薦入試の実施を契機に、長野県内の信州大学医学部医学科入学の実績がある高校へ直接赴き、県内枠特別推薦入試出願希望者、および他大学を含め医学部医学科への進学を考えている高校生を対象に、種々の情報提供を行うこととした。情報提供の内容としては、信州大学の教育方針・入試・カリキュラム・部活動などの学生生活・医師国家試験・医師のキャリアなどについて説明するとともに、医療問題(医師不足,医療費,医療政策)や医師になることへの社会からの期待などの総論的講演も行っている。平成24年は、県内12校を訪問し、高校生だけではなく高校教員との懇談を行った。

 その結果、図2に示すように、長野県からの新規医学部医学科進学者数は顕著に増加しており、平成16年には約60名であったものが、平成23年には120名を超え倍増している。全国の医学部医学科入学定員増の影響とともに、地域医療推進学講座による啓発活動の成果であると考えている。

 また、現行の信州大学医学部医学科の入学者に占める長野県出身者数は、県内枠特別推薦入試の15名を含む約30名(総定員115名)(26%)であり、従来の県内出身者の割合11%と比べると2.5倍に増加している。

 県内実績校との連携は、強い意欲をもった医学科志望学生の掘り起こしとなり、優秀な人材を本学に呼び込むとともに、他大学に進む将来の医師にも信州大学の魅力を伝えることができ、卒業後、長野県に戻っても充実した医師としての人生を送ることができるというメッセージになっている。この入学前からの取組みは将来の長野県の医師確保のために極めて重要であると考えている。

 
 図2. 長野県内の高校からの医学部医学科への進学者数

2)高校生現場体験セミナー
 平成22年3月より、高校生の春期休業と夏期休業に合わせて、現在まで6回、県内のべ22病院で高校生医療現場体験セミナーを開催した。第1回に4病院66名、第2回4病院61名、第3回2病院71名、第4回4病院91名、第5回4病院113名、第6回4病院148名の高校生の参加があった。

 平日の日常業務を行っている病院の各部門の見学ならびに、AED・BLS実習、内視鏡体験、手術室での手洗い・ガウン体験、シミュレーターによる採血などの体験、医師・研修医との懇談などが主なセミナーの内容である。参加した高校生のセミナーに対する満足度は高く、また、医学部進学へのモチベーションが上がった、あるいは病院における医療が様々な職種により支えられていることが実感できた、などの感想が聞かれた。このセミナーへは、信州大学医学部医学科の学生も協力者として参加しており、医学科学生にとっても地域の病院の役割を知る貴重な機会になっている。


3)高校生医学部進学セミナー
 平成22年より毎年1回開催しているこのセミナーは、前半が、「医学部医学科への道」と題しての予備校の専門家による医学部入試の現状、医学部入試科目と配点、医学部合格に求められる学力、人間性などについての講演、後半が、「医師としての道」と題しての長野県内外で活躍する医師(平成22年:整形外科と小児科、平成23年:産婦人科、平成24年:小児科)の講演からなっている。長野県内外から、平成22年第1回161名、平成23年第2回106名、平成24年第3回123名の高校生の参加があった。


2. 信州医療ワールド夏季セミナー
 信州医療ワールド夏季セミナーは、医療問題に関する小グループ討論会、地域医療に関する講演会、信州大学医学部附属病院各診療科および県内研究病院の見学、および懇親会を兼ねた情報交換会等を夏休み中に2泊3日で行うものであり、全国の医学生に長野県および信州大学において行われている医療のすばらしさを全国の医学生に伝えることを目的に実施している。H19年には60名、H20年には44名、H21年には32名、H22年には30名、H23年には13名、H24年には29名の医学生が参加した。このセミナーに参加した他大学出身者が、卒後臨床研修病院として信州大学のプログラムを選択し、その後、後期研修も信州大学で行っている者がつぎつぎと出てきており、本取組が長野県医師確保対策の一つとして有効であることを示している。


3. 診療科偏在解消の取り組み
 医師不足が深刻な産科医と小児科医を増加させるために低学年の医学生を対象に以下の取り組みを平成19年度より継続して実施している。実際にこれらの体験実習を行った者が、それぞれ産婦人科医、小児科医となっている例があり、息の長い取り組みではあるが、確実に効果があると考えている。医学の勉強で手一杯となってしまう高学年ではなく、低学年(1〜2年)に実施することがポイントである。


1)「生命誕生の喜び」体験実習(産科医を増加させる取り組み)
 学生に産科診療の魅力、すなわち、妊娠の確定→胎児の成長→分娩→出生という経過を体験させる。そのために、1月から2月に妊娠が確定し夏休み期間に出産予定日を迎える妊婦の協力を得て、妊娠早期から分娩まで1人の学生(1・2年生を対象とし、各学年10名程度)が継続して検診に付き添う。検診は昼休み中に行うこととし、学生の勉学を妨げないように配慮する。学生は出産にも付き添い、生命誕生の場を体験し、産褥期および1ヶ月健診時にも母子と面談する。これらを通して、受胎の感動、胎児の成長、妊婦の喜び、生命誕生の素晴らしさ、新生児のいとおしさ、を直に感じ、妊娠、出産という大きな仕事を成し遂げた女性の喜びを感じ取り、産科診療の意義を実体験する。


2)「子育て体験・乳児発達観察」実習(小児科医を増加させる取り組み)
 小児科診療のひとつの原点は、乳幼児との接触を通じて成長発達の素晴らしさを体験することである。そのために1・2年生(各学年10名程度)が小児科医とともに2歳未満の乳幼児が入所している乳児院(松本赤十字乳児院)を1年間にわたり、月1回(土曜日午後、1回2時間程度)訪問する。学生は1年間継続して特定の乳児を担当して、哺乳、おむつ交換、抱っこ、お遊びなどの育児を補助し、同伴する小児科医から乳児期の発達過程についての解説を受ける。乳幼児の速やかな成長発達の素晴らしさを実体験し、その健康を守る小児科医の生き甲斐を学ぶ。


4.地域医療推進学講座による医学修学資金の貸与を受けている医学生への対応
 平成23年10月26日に、長野県の医師確保等総合事業として信州医師確保総合支援センターが開設された。このセンターは、厚生労働省が打ち出した医師不足病院への医師派遣を主たる業務とする、都道府県における地域医療支援センターに相当するものであり、「地域医療を担う医師のキャリア形成を支援しながら、その確保・定着を図るとともに、総合的な医師確保対策を実施することにより医師の偏在解消を目指す」ことを目的としている。分室は長野県立病院機構と信州大学医学部に設けられ、平成18年度より開始された長野県医学生修学資金貸与制度により修学資金を貸与された医学生の卒前・卒後教育、ならびに貸与後の医師の県内病院への配置の実施とキャリア形成支援を主たる業務としている。地域医療推進学講座の専属教員2名(准教授および助教)がこの分室の業務を担当している。

 平成24年度においては、貸与医学生総数は102であり、すでに貸与が終了し長野県内の病院に勤務している医師は16名となっている(図3)。この102名のうち信州大学の学生の割合は40%弱であり、信州大学医学部の県内枠推薦(地域枠)入試においては、優先的に貸与(希望者)の枠が設けられているものの、多くの大学の地域枠と異なり修学資金貸与が義務付けられていない。長野県での勤務の義務年限は貸与期間の1.5倍であり、この間の勤務病院は知事により指定されることになっている。義務年限のうち2年間の初期研修については、長野県内の病院に限って本人の希望する臨床研修マッチングが認められ、その後3年を限度に本人の希望を尊重する専門研修が可能となっている。その後は、その時々の医療状況を踏まえての勤務病院(地域中核病院と医師不足病院)が指定されることになっている。すなわち、6年間の貸与期間の場合には、卒後9年間の義務年限が科せられることになり、5年間は、本人の希望あるいは希望を尊重された臨床研修と専門研修が可能であり、その後の4年間で、医師不足病院への配置が実施されることになる。

 大学が行っている循環型の医師配置・派遣システムは、貸与者のキャリア形成と医師不足病院への医師配置を両立させる点において大いに期待されている。このシステムでは、医師が、医師不足病院、中核病院、大学病院など様々な規模の病院を循環することにより、キャリア形成が可能となり、その結果、医師の質を一定のレベルに担保することができる。

 図3に示すように、年度進行で長野県知事の命令で県内に勤務することが義務づけられる医師数は増加し、平成36年には、最大175名に達する。これらの医師のキャリア形成と、長野県全体の地域医療の充実の両方を成し遂げるために、地域医療推進学講座を中心とする信州大学医学部が果たすべき役割は極めて大きい。

 
 図3. 長野県医学修学資金貸与者数と義務年限期間中の医師数

おわりに
 上記の地域医療推進学講座を中心とした取り組み以外に、地域医療についての講義および臨床実習を正式なカリキュラムに導入することを計画している。
 信州大学は、平成24年度大学改革推進等補助金(大学改革推進事業)「基礎・臨床を両輪とした医学教育改革によるグローバルな医師養成」に「150通りの選択肢からなる参加型臨床実習」と題するプログラムを申請し、採択された。これは、現在信州大学で行っている51週間の臨床実習期間を72週間に増加させるとともに、約30の教育協力病院の協力を得て、診療参加型の実習を充実させるものである。この診療参加型の臨床実習の中に、診療科別の臨床実習だけではなく、診療所あるいは総合診療などの地域医療に直結する臨床実習カリキュラムを加える予定である。この新しい臨床実習は、現在の2年生が4年生後期になったとき、すなわち平成26年の後期から開始することになっている。これらの取り組みにより、長野県全体で医師を養成する文化、すなわち上級医が研修医を、研修医が医学生を指導するいわゆる「屋根瓦方式」の医学教育・臨床研修が全県下に渡って根付き、長野県における地域医療がさらに充実することを願っている。