*第15回*  (2019.6.26 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は滋賀医科大学での取り組みについてご紹介します。

滋賀医科大学の地域医療教育
文責 : 滋賀医科大学
IR室         辻 喜久 准教授
医師臨床教育センター 川崎 拓 准教授

滋賀県の地域的特性
 滋賀県は関西圏に位置し、国内最大の湖である琵琶湖が全県面積の約6分の1を占める。森林・湖面積を除いた可住地面積は大阪府よりも狭い(1307㎞²、全国37位)。県外に向けての交通の便がよく、大津駅(県庁所在地)から京都駅までJR新快速で9分、大阪駅まで39分であり、高速道路網も整備されている。一方で、県内各地は琵琶湖のために大きく迂回する必要がある。

 外に出ていきやすく、かつ、県内の移動が難しいという地域特性は、滋賀県の南北問題の一因である。例えば医師や診療所は、湖南地区に集中し(大津市;医師充足率全国8位)、一方の湖北・湖西地区は十分ではない。人口動態も大きな違いがあり、湖南地区の一つである草津市では2045年の人口予測においても10%の人口増加(2015年比)が見込まれているが、湖北・湖西地区は厳しい現状である。

 一方で、滋賀県の平均寿命は全国第1位である。上述のような医療サービスの偏在にもかかわらず長寿日本一を達成できた背景には効果的な医師の配置や、医療アクセス網の整備など、本学や滋賀県行政の果たした役割は大きいと思われる。高齢化と医療の偏在という日本の今日的問題は本県に凝縮されており、本学の地域医療教育の成功は日本の将来に対して示唆を与えるものと考え、その責任の重さを強く認識している。

地域医療に対する本学の取り組み
 本学の理念は、「地域の特徴を生かしつつ、特色ある医学・看護学の教育・研究により、信頼される医療人を育成すること、さらに、世界に情報を発信する研究者を養成することにより、人類の健康、医療、福祉の向上と発展に貢献する。」である。また、ミッションの一つとして、「滋賀県と連携し、県内の地域医療を担う医師の確保及びキャリア形成を一体的に支援し、医師の偏在解消に貢献する。」を掲げ、さらにアドミッション・ポリシーの一つに「地域医療に深い関心を持ち、特に滋賀県の医療に貢献する意欲を持つ者」を挙げており、これらを基本に本学の地域医療教育はデザインされている。

 平成29年度の入試および入学後支援体制を紐解くと、地域医療に従事する意欲のある学生を選抜するため、「滋賀県枠」、「地域枠(近畿圏含む)」を設けている(図1)。「滋賀県枠」は、推薦入試の募集人員25名のうち、“滋賀県内の高校生” 10 名と“滋賀県外の高校生ではあったが、本人または1親等内の親族のいずれかが滋賀県内に住所を有するもの3名、計13名が入学した。これは滋賀県の地域的特性である“県外への出ていきやすさ”(=他府県との生活圏の濃厚な重なり)に配慮したものである。また、「地域枠(近畿圏含む)」は、第 2 年次編入学試験の募集人員17名のうち“近畿圏(滋賀県を含む)及び滋賀県に隣接する府県高校卒業者”5名であった。この地域医療枠入学者の進路状況では、平成15年度卒業生から平成28年度卒業生まで累計した地域医療枠入学者101名中75名(74%)が滋賀県内で勤務し、一定の成果を上げている。

 

図1 平成29年度 地域枠と入学定員 

   

 卒前教育では、第1・2学年では、本県の地域的特性を学ぶ「地域論」、「人文地理学」、「医学概論」などの授業科目を配置している。また「早期体験学習」や「全人的医療体験学習」、「地域医療体験実習I」を通して滋賀県の患者さんと接し、第4学年から「社会医学フィールド実習」、「地域医療体験実習II」にてより深いレベルで地域と向かい合う。第5学年の「クリニカルクラークシップ」では、そのうち1週間にわたり全学生が県内約70~80診療所で1週間の実習指導を受けるが、これは地域の先生方の大変なご協力のうえに成り立っている。第6学年では、「保健医療と社会」にて行政を含めより幅広い視点から地域医療を俯瞰する。

 また、多くの学生に滋賀県の地域医療を理解してもらうべく「地域里親制度」を設けている。本制度では、地域医療の担い手の養成を目的にし、卒業生による里親と地域住民によるプチ里親が希望学生の支援を行う。本制度は平成19年から開始し、現在はNPO法人と共同で運営されている。具体的には、在学中の折々に県内各所を回り、地域の医師や行政担当者、地域住民の方々と交流し、滋賀県の地域医療への理解を深める。現在の登録者数は68 名で、10年間で里親制度を経験した卒業生のうち44%が県内病院に就職した。


 卒後研修においても、本学は地域医療機関との連携を重視している。初期研修中に、本学の教育病院である国立病院機構東近江総合医療センターと独立行政法人地域医療機能推進機構滋賀病院を地域医療教育研究拠点とし、大学では研修しにくいcommon diseaseを中心とする総合内科・外科研修をプログラムに取り入れている。また県内の主な研修指定病院と協力し、希望する診療科で短期間の研修を相互に受け入れる研修ネットワークを構築している。初期研修期間中の必修である地域医療研修においても、県内約40施設と連携し地域医療研修を実践している。これら地域の医療機関を自由に選択し経験することは、研修医の将来の進路選択に役立っている。

将来に向けての取り組み
 理念などに基づいた本学の地域医療教育への試みは一定の成果を上げていると思われるが、なお改善の余地は多く、地域枠の複雑さの整理や、より効果的にミッションを果たすための見直しを行っている。現在、本学の臨床教育のシームレス化は臨床教育講座(伊藤俊之 教授)、クリニカルクラークシップワーキング、医師臨床教育センター運営会議の相互乗り入れにより進められているが、今後は、効果的な地域医療教育のために入試から卒後までをシームレスに管轄する総合的な教育体制の構築を計画している。