*第5回*  (R4.2.25 UP) 前回までの掲載はこちらから
「地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育」連携トップページへ戻る
今回は名古屋大学での取り組みについてご紹介します。

地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育
文責 :  名古屋大学大学院医学系研究科 地域医療教育学講座 岡崎 研太郎 特任准教授

【概要】
 名古屋大学の地域医療教育学講座が考える「目指す医師像(アウトカム)」は次の3点である。①大都市から人工過疎地や離島まで、様々な生活態様を抱える愛知県の全住民が安心して暮らせるヘルスケアを提供できる医師となる。②将来においては、愛知県での経験を活かし、日本全国、あるいは世界のどこにおいても、地域の医療・介護・福祉を担う医師(site-oriented healthcare provider)のロールモデルとなる。③地域医療を実践する中で生じる臨床的な疑問を基に、自ら研究に発展させ、新たなエビデンスを創出できる臨床研究者となる。

 地域枠卒業生に限らず、医師は必ず何らかのコミュニティー(地域)で働くことになる。その際に、自分が働くコミュニティーの課題を認識し、医療者、患者、家族、住民、行政などの様々な人たちと協働して課題を解決していくようなマインドを持つ医師を養成することを目指している。


【特色】

 こうした医師を育てるために、地域医療の親和性を育む講義や実習に加えて、多職種連携教育と医療コミュニケーション教育を重視して実施するとともに、Academic physicianの養成にも尽力している。


1)多職種連携教育

 当講座が関係する主な多職種連携教育の例を紹介する。

・医学入門(1年生、必修)

 医学入門の当講座担当部分を、名城大学薬学部と協働で医薬入門として実施している。医学生と薬学生が混在するよう班分けをし、導入として当講座が日本語版を開発した多職種連携のゲーム(iPEG)を行う[1]。続いて全員で映画を見たのち、班ごとにグループワークでディスカッションをし、全体で発表をする(cinemeducation)。近年は、「ディア・ドクター」、「おとうと」、「僕とアールと彼女のさよなら」、「ピア まちをつなぐもの」などの映画を取り上げてきた。

・地域におけるIPE (4年生、選択)

 医学生、看護学生、理学療法生、名城大学薬学生、日本福祉大学社会福祉学生などが協働し、肺がんの骨転移で化学療法・放射線療法を受けている患者が家に帰りたいというシナリオで模擬患者、模擬家族の協力のもと医療面接に臨み、治療・ケア計画を作成し、説明する。

・つるまい名城IPE(5年生、必修)

 医学生、看護学生、名城大学薬学生が、低血糖を繰り返し入院となった認知症が疑われる糖尿病患者について、患者の義理の娘(模擬家族)に対して医療面接を行い、治療・ケア計画を作成する。近年は、新型コロナウィルス感染症の影響のため、オンラインで実施したこともある[2]。

 これらの多職種連携教育の基盤となるのは、2011年に発足した「なごや多職種連携(IPE)ネットワーク」である。名古屋大学医学科が拠点となり、離れたキャンパスにある保健学科の看護科、リハビリテーション科、名城大学薬学部と連携を取り、金城学院大学・愛知学院大学の薬学部や日本福祉大学・金城学院大学の社会福祉学科も加わった、大学教員による緩やかな自発的組織であり、年に3回程度の定期的な会議や自主学習会を実施している。

2)医療コミュニケーション教育

 卒業後、コミュニティーで医師として働くには、医療職間のコミュニケーションはもちろん、患者や家族とのコミュニケーション、患者家族とつながる地域住民や行政とのコミュニケーションも重要となってくる。医療職間のコミュニケーションには、ヒエラルキーにとらわれない医療職間の対等な関係性が鍵となる。前述の多職種連携教育は、学生時代から医療職間の対等な関係性を認識し、卒業後も多職種協働を実践する医師の養成を意図している。

 医療コミュニケーション能力の向上にはアートの要素を導入することも意義があると考えており、前述のcinemeducationもその一例である。また、2020年には当講座が幹事となり、愛知県の4大学地域枠学生を対象とした春の交流会を開催し、非医療系の他大学教員を招いてインプロ(即興演劇)とミュージックビデオ制作を体験するワークショップを実施した[3]。インプロの「いま、ここ」を大切にする姿勢は患者中心の医療にもつながり、ミュージックビデオ制作からは、地域医療を楽しく実践することの意義やヒント、不確実性な状況への対応について、体験を通じて学べるのではないかと考えてのことである。他にも、地域枠学生を対象として年5回開催している地域医療セミナーでは、医療職のみならずビジネススクール教員、演劇人、ファシリテーショングラフィックの達人、医療問題に通じている地元ラジオ放送局の論説委員、等の多彩なゲスト講師を迎え、「相手に寄り添うリスニングスキル」「医者の卵は○○○の卵」「医療報道の変遷」などのテーマで講義やワークショップを開いている。

3)Academic physicianの養成

 名古屋大学では3年生の後期に、5か月間にわたり基礎・社会医学系の研究室で研究活動に従事する基礎医学セミナーを開講している。この期間は他の授業はなく、学生は研究に専念し、研究成果を3月の学内発表会で報告する。

 地域枠学生は、全員当講座に配属され、当講座が独自に開いている質的研究のためのプロトコルワークショップ、SCAT(Steps for Coding and Theorization)ワークショップ、統計セミナーなどを受講する。指導教員と相談して研究テーマを決め、質的研究手法を用いたインタビューの分析や、量的統計学的解析による質問票の開発や評価、これらを合わせた多職種連携教育の評価など、地域医療教育関連のテーマに対して様々な研究アプローチを行っている。

 先輩たちの姿に影響を受け、基礎医学セミナーの成果を国内外の学会(日本医学教育学会、日本プライマリ・ケア連合学会、日本ヘルスコミュニケーション学会、欧州医学教育学会AMEE、アジアパシフィック医学教育学会APMEC等)で発表する学生も多く、在学中に論文発表を成し遂げた学生もいる[4]。

 こうした研究活動の経験を活かし、卒業後には地域での臨床からリサーチクエスチョンを立て、大学等との連携で臨床研究を実施できるようなリサーチマインドを持つ医師を養成することも重要であると考えている。


【今後の課題】

 このように、当講座は、多職種連携とコミュニケーションをキーワードにして卒前教育に取り組んできた。学生が医学部という枠を超えて、医療界の多様な人々、さらに医療界以外の人々とも交わる機会を持てるように設計している。

 ただし、こうした授業やワークショップに、多くの学生は好奇心を持って積極的に参加しているが、興味を示さず消極的な参加にとどまる学生が一部に見られることも事実である。

 学生の能動的参加を促すコツの一つとして、われわれ教員自身が多職種連携やワークショップに対して楽しみながら真剣に取り組んでいる姿を学生に見せることが大切であると考えている。多職種連携の授業で、他学科の教員と相互に尊重の念を示し対等なコミュニケーションを取る教員の姿や、体験したことのないファシリテーショングラフィックやインプロ、ミュージックビデオ制作などにも失敗を恐れず果敢に挑戦する教員の姿(図)を見て、学生が何かを感じてくれることを期待している。

 今後は、こうした当講座の教育実践が、医学生時代だけでなく、卒業後の医師としての働き方やキャリア形成、学会発表や論文発表などの科学的生産にどのような影響を与えるのかを検討することが課題であると認識している。


文献

[1] 末松三奈, 阿部恵子, 安井浩樹, 朴賢貞, 高橋徳幸, 岡崎研太郎, Joseph S, Diack L多職種連携教育ゲーム (Interprofessional Education Game : iPEG) 日本語版の開発 医学教育 50(2): 199-202, 2019.

[2]Mina Suematsu, Noriyuki Takahashi, Kentaro Okazaki, Etsuko Fuchita, Akira Yoshimi, Manako Hanya, Yukihiro Noda, Keiko Abe, Masafumi Kuzuya. A novel online interprofessional education with standardised family members in the COVID-19 period. International Journal of Medical Education. 12: 36-37, 2021. DOI: 10.5116/ijme.6043.8be0

[3] 岡崎研太郎 医学教育と「アート」~医学教育に人文学を導入する意義とは~ 卒前教育におけるインプロとプレイフル・ラーニングの実践報告 非医療専門職と協働したワークショップ 医学教育 52巻Suppl.: 66, 2021.

[4] Yamada Y, Suematsu M, Takahashi N, Okazaki K, Yasui H, Hida T, Uemura K, Murotani K, Kuzuya M. Identifying the social capital influencing diabetes control in Japan. Nagoya Journal of Medical Science: 80 (1), 99-107, 2018.


図:完成したミュージックビデオの一場面。教員と運営スタッフの姿。