これから研究医を目指す学生が自分を語ります。
*第44回*  (H30.2.28  UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は大分大学消化器・小児外科、高度救命救急センター助教 平塚 孝宏 先生です。
 「大分大学留学支援制度を利用した留学体験談」

          大分大学消化器・小児外科、高度救命救急センター助教 平塚 孝宏
  自分の境遇への理解が深かったボスDr.Milsomと私  

 大分大学には、留学支援制度があり、職員を海外で修練させることにより,優れた研究者,医療者としての人材を育成するほか,修得した最先端技術による本学への還元,地域医療への貢献を目的として、選抜者に資金援助が行われます。私はこの制度を利用して米国ニューヨーク市にあるWeill Cornell Medicineに留学させていただきました。ニューヨーク市の住居賃貸費用は世界第2位であり物価も高いことから本制度が利用できたことは大変有り難かったです。1年弱の留学の後、大分大学医学部消化器・小児外科学講座、高度救命救急センターにて助教として、現在臨床、研究、教育に携わっております。私が留学で得たものは(1)研究による知見、(2)施設におけるシステムに関する知見、(3)コミュニケーション技術です。

(1)研究による知見

 私が主に携わった研究内容は、
1)日米を初めとした世界の大腸癌治療成績の差異及び原因に関する国際研究2)内視鏡治療デバイスの開発、3)大腸ステント開発、4)内視鏡挿入及び治療モデル開発、5)人工知能(AI)を用いた内視鏡診断方法の開発でした。大腸癌治療成績の差異とその原因に関する国際研究においては、outcomeとなりうる様々な因子をデータシートに盛り込むべくmeetingの度にプレゼンを行いました。6カ国で行われるデータ収集において果たして調べたい因子がどれほど正確に集められるかということで議論になりました。最終的にはまず行って、その因子がどれだけ集まるかをみるだけでも価値があるという結論に至り自分の要求した因子がデータシートへ採用されたのですが、他国との治療成績を比較するにあたっては、その国の医療水準や治療に対する考え方、保険など、治療成績を左右するさまざまな背景因子について知る必要があることを知りました。
 また大腸ステントや内視鏡治療デバイスの開発という、「ものをつくる」研究は私にとって初めての経験でした。私がこれまで研究してきた炎症やがんのin vitroやin vivoの実験とは異なり、本当に実際にやって見ないと結果がわからないことが多い世界でした。これは自分には馴染みの少ない生体という常に動いているものにおける力学が関わる分野であることが理由と思われますが、デバイスの操作性向上のための様々の因子をみんなで考え、デバイスの形状案を出し、作って、使用してみて、評価し、改良する、ということを何度も繰り返しました。そこには難しいけれどもハードルを超えた時の爽快感があり、非常に貴重な経験させていただいたと感じております。生体におけるデバイスの操作性、期待される性能は個体差や体位、そして組織反応など様々な因子に大きく影響されるため、どの個体でも同じ結果が得られるかというとなかなかそうではありません。FDAの承認を受け臨床試験をパスしてもなお改良を続ける作業が必要でしたが、留学先のベンチャー企業にはイメージを素早く図面でき、力学的な分野からその性能を評価できるテクニシャン、多数の人から評価を受けることができるコミュニティ、そして素早く新しいものに改良できる財力がありました。そのため自分の経験したことのないスピードで研究が進んでいきました。


(2)施設におけるシステムに関する知見

 私は大学病院、研究所、ベンチャー企業オフィスの3施設で研究を行っていました。毎週朝6時半から1時間程度のリサーチミーティングが開催され、参加者した研究者すべてがその進捗状況を発表し、討論がなされます。いずれも教授が常に参加し研究者の意見を聞き、即座にresponseすること、倫理審査や費用・物品など研究に必要な様々な情報を迅速に提供できるco-workerがいること、PubMedでの無料閲覧可能雑誌の多さも手伝って、疑問や問題がおこった時でも迅速な対応がなされ研究が自然にスピーディに進むことがとても印象的でした。早朝に行われる毎週のmeetingは、日本では経験がないことでしたが、早朝で頭の回転が良いうちに行われること、毎週他の研究者の研究進捗を聞くことでお互いの研究内容の理解度が高まり色々な助言を得たり与えられること、週単位で次の目標が自然に設定されることが、そのスピードにつながっているものと思います。悩んでいたことがたった一言の助言、1本の電話、メールで解決されることを幾度も経験しました。また、限られた時間内に聴衆の理解を得て助言と賞賛という報酬を得るために、自ずとプレゼン技術が上がります。なかなかメンターのコメントを得る機会がない忙しい施設での研究では、たまに行われる長いミーティングより頻回の短いmeetingが研究の推進に効果的であると感じました。

 
   research meetingのメンバー

 また様々な医療情報を学外からでもアクセスできるシステムの存在は、研究を進める上で重要な要素です。アクセス権を得るために申請書類やセキュリティー保持のためのルールは複雑ですが、どこにいても必要な情報を得られるというのはスピードが大事な研究推進にとても有用だと思います。留学先の施設ではカルテ、PubMed掲載ジャーナルの無料フルテキスト閲覧が可能であり、感動しました。研究の判断材料が増えることは、サーチの方法や順位付けのテクニックが必要になるものの成功の可能性とモチベーションをあげると思います。カルテを日本でどこからでも見られるようなシステムに変更することは大学病院レベルではまだセキュリティーの問題から時間が必要かもしれませんが、少なくともPubMed掲載ジャーナルの学外からの無料全文閲覧システムは極めて研究推進に有用であると思います。ぜひ日本の研究レベル向上のため国策として実現させて欲しいと感じました。

   
   病院図書館ホームページより無料閲覧可能なPubMedにアクセス可能

(3)コミュニケーション技術
 人種のるつぼにふさわしく、様々な国からの留学生がおり、西はイギリス、フランス、サウジアラビア、インド、中国、アフリカの人々と話をする機会を得ました。英語はほとんど話せない状況で渡米した私でしたが、必要に迫られて話すことで、少なくとも自分に話かけられた内容は聞き取れる。そして何かしらレスポンスはできるようになりました。また、留学前は外国人の顔の区別さえ難しかったのですが、顔をまともに見ながら話すことで表情から感情を読み取るという行為を行うことができるようになりました。ボスからは足繁くいろんな人の元に足を運び実際に会って話す“face to face”がとにかく研究を始めいろんな物事を進めるのに大事と言われました。英語は話せなくてもそこにいて顔を見せることで自分の存在をまず理解してもらう。そして片言でも話しているうちに信頼を得て、コミュニケーションが円滑に進むようになると。アドバイスを受けて、毎週デバイス開発の研究会議に足を運ぶようになり、技術職の専門家に会うごとに話しているたびに、彼らから素早いレスポンス、様々な意見をもらうことができるようになりました。まさにボスの言われていたとおりでした。

 また私の研究テーマの一つである大腸癌の国際共同研究も、内容自体はメールでも可能なのですが、2ヶ月に1度は必ずテレカンファレンスを行いその進捗を顔を見せながら報告するという形式をとっており、研究に対する意識の保持、他の研究者からの刺激など文章だけでは伝わらない研究の推進力になっていると感じました。Zoomを始めとしたアプリはスマホからのテレカンファレンス参加を簡単に可能にしており、忙しい中でもface to faceの重要性を改めて感じました。

   
  世界中の共同研究者とのテレカンファレンスの様子 

 以上、今回留学支援制度を利用した留学にて大分大学の研究推進や居心地の良い職場づくりに役立つ非常に貴重経験をさせていただきました。今後は学んだことを大学や地域に還元すべく頑張っていきたいと思います。ご支援本当にありがとうございました。