大学の教授が研究医として歩みだした頃のことを回顧します。
*第62回*   (2021.2.26 UP)  前回までの掲載はこちらから
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今回は近畿大学 医学部長 松村 到 先生です。
 「私の研究医時代
                                  
                               近畿大学 医学部長 松村 到

        
 
 

米国血液学会での発表(中央が金倉教授、右から2番目が筆者)

 
   

本庶先生の講義に感激した学生時代
 大阪大学で過ごした学生時代を振り返ると、極めて不真面目な学生であった。テニスとスキーのサークルに所属し、実習以外の講義にもほとんど出席しなかった。そんな私でも、出席した講義があった。米国から帰国されたばかりの本庶先生の講義である。友人から、本庶先生は近い将来ノーベル賞を取られるから授業を聞いた方がよいと勧められたからである。その当時、本庶先生は米国で免疫グロブリン遺伝子の再構成の研究をされており、その研究成果でノーベル賞を取られるだろうと学生の間で噂されていた。授業では、「ヒトの体内の細胞は、一つ一つが各臓器においての機能を果たすため、異なった遺伝子(mRNA)を発現している。しかし、すべての細胞において遺伝子(DNA)の情報は同一である。ただし、例外があって、それがリンパ球である。ヒトは外界からの多様なウイルスや細菌の感染、あるいは抗原刺激を受ける、それに対応するため、Bリンパ球では免疫グロブリン遺伝子、Tリンパ球ではT細胞受容体が再構成を起こす。そして、その再構成には順番(ヒエラルキー)がある」という内容であったと記憶している。この授業は極めて印象深く、その後の私の研究に大きな影響を与えた。また、ずっと後になって、iPS細胞からの臓器再生ということが話題になった時に、「すべての細胞において遺伝子情報は同一である」という、本庶先生の授業が懐かしく思い出されたものである。


学位取得のための基礎研究

 私が研修を始めた当時は、多くの大学の内科学講座は総合内科であった。私が選択した大阪大学の第二内科学講座は垂井病の発見者である垂井清一郎教授が主宰されていた。内分泌代謝、循環器、消化器、神経、血液などの研究室があったが、大学病院、一般病院での研修後に、私はその中から血液研究室を選択した。その当時、抗がん剤は造血器腫瘍においてだけ目を疑うほどの効果を示していたからである。私が、学位取得のために最初に行った研究は、慢性リンパ性白血病(CLL)における免疫グロブリン遺伝子の再構成の異常を調べることであった。CLL細胞の表面免疫グロブリンを調べるとともに、免疫グロブリン遺伝子の重鎖、軽鎖の再構成の有無をサザンブロット法で解析する毎日であった。この研究はうまくいかず、研究室の先輩の片桐修一先生(元市立豊中病院病院長)が樹立された悪性リンパ腫の細胞株を用いて、この細胞株におけるBCL-2遺伝子の転座には免疫グロブリン重鎖だけでなく、軽鎖であるL鎖遺伝子の再構成の異常が関わること、細胞増殖・生存におけるBCL-2遺伝子の役割を明らかにして学位を取得した。


基礎研究室での挫折

 学位取得後に私が選択したのは大阪大学のバイオメディカル教育センターの平野俊夫教授(第17代大阪大学総長)の研究室であった。平野教授は、その当時の大阪大学細胞工学センターの岸本忠三教授(第14代大阪大学総長)のもとでIL-6をクローニングされ、独立されたばかりであった。与えられたテーマはIL-6のシグナルを伝達するチロシンキナーゼの同定であった。チロシンキナーゼのライブラリーをアンチセンスで発現させ、IL-6のシグナルをブロックするチロシンキナーゼを同定するという手法をとったがうまくいかなかった。その当時メンターであった中嶋弘一先生(現大阪市立大学免疫学教授)は、機能不明のJAKチロシンキナーゼファミリーに着目し、このファミリーがIL-6のシグナルを伝達するのではと予想されていた。そして、実際、そうだったのである。マウスJAK2の単離まではしていたが、その直感を信じてJAKに対する抗体を作っていれば、間違いなくNatureクラスの成果であったはずである。研究の神様は、研究者に1度は大きなチャンスを与えてくれると信じているが、私はそのチャンスを生かすことができなかった。これが研究者として一番の心残りとなっている。


臨床教室での基礎研究

 その後、傷心のまま大阪大学の血液・腫瘍内科において金倉譲教授(現住友病院病院長)のもとで研究を続けた。ここでは、トロンボポエチンのシグナルを細胞周期制御の観点から解析したが、基礎研究室で学んだ研究手法だけではなく、基礎研究室で培った研究の進め方、考え方は大きく役立った。


基礎医学に基づいた日常診療と現在の研究生活

 造血器腫瘍の分野では遺伝子異常の解析が他の分野より先行した。BCR-ABL、K
IT、FLT3、JAK2などの遺伝子変異が明らかにされ、2001年に臨床の場に登場したBCR-ABL阻害薬は慢性骨髄性白血病(CML)の治療に画期的な成果をもたらした。また、私が研究課題としたJAK2、BCL-2に対する阻害薬もすでに臨床応用されている。現在、私は、日本医療研究開発機構(AMED)の予算で、“CMLの治癒を目指した臨床研究”を行っているが、チロシンキナーゼは研究医としての私の生涯のテーマに位置づけられている。研究の神様からの2度目のチャンスに期待しつつ、今なお現役の研究医として努力し続ける毎日である。

【私の履歴書】 
1984年 3月 大阪大学医学部卒業
1988年 7月 大阪大学医学部第二内科学教室
1997年 6月  大阪大学医学部血液・腫瘍内科助手 
2002年 8月 大阪大学医学部血液・腫瘍内科講師
2003年 5月 大阪大学医学部血液・腫瘍内科助教授
2007年 4月 大阪大学医学部血液・腫瘍内科准教授
2010年 4月 近畿大学医学部血液内科主任教授
2012年 4月 近畿大学医学部血液・膠原病内科主任教授
2018年 10月 近畿大学医学部長  (現在に至る)
2020年 10月 一般社団法人日本血液学会 理事長  (現在に至る)