*第48回*  (H30.10.29 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は岩手医科大学での取り組みについてご紹介します。

岩手医科大学医学部学生教育における研究心涵養の取り組み
文責 :  岩手医科大学医学部内科学講座消化器内科肝臓分野 滝川 康裕 教務委員長・教授
1. はじめに
 岩手医科大学は明治30年、当時の岩手県の医療の貧困を憂えた三田俊次郎によって創設され、第二次大戦後、初代学長となった三田定則によって、現在の医療系総合大学の基礎が築かれました。医学教育に関する三田父子の理念は「誠の医療人の育成」という建学の精神として現在まで受け継がれています。
 三田定則は1947年創刊の岩手医学雑誌1巻1号に刊行の理念を寄せ、人生の目的として「真理の探究」の重要性を述べています。その中で「真理の探究に精進した人は、知らず識らずの間に完全無訣にして有徳なる本統の聖者に化する」とまで述べ、誠実な広い意味での研究心の尊さを謳っています。
 この理念を受け継ぎ、本学医学部では研究心の養成を目的とした独自のカリキュラムを実施しています。

2. 研究心涵養を目指したカリキュラム
 医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成28年度改訂版)では、「医師として求められる基本的な資質・能力」の9項目の中に「科学的探求」が挙げられ、その中で具体的に「医学研究への志向の涵養」が謳われています。これを実現するために、本学では以下のようなカリキュラムを実施しています。概略的には低学年で医学および医学研究への興味を育むと共に、学修や研究手法の基本的姿勢と技術を教育し、中・高学年で実際の医学研究に携わることで、研究の意義と手法を学んでもらいます。全体として、医学研究の最終的目標が人の健康にあることを意識して、臨床的意義を基盤にした研究の計画・遂行の姿勢を学んでもらいます。

 1) 初年次ゼミナール
 本学学則第1条には、本学の使命である「誠の人間の育成」のために「まず人としての教養を高め、充分な知識と技術とを修得させ、更に進んでは専門の学理を究め、実地の修練を積み、出でては力を厚生済民に尽くし、入っては真摯な学者として、斯道の進歩発展に貢献させる」と記されています。高校を卒業して医学の道を志して入学してきた初年次学生に対し、広い意味での「教養」を身につけ、将来の医学研究に向けた基盤を築いてもらうことを目的に、ゼミナール形式で学んでもらいます。
 具体的には基礎医学講座、医歯薬総合研究所、教養教育センターの研究室のいずれかに全員が配属となり、ほぼ1年間にわたって教員と全人格的な付き合いをすることで、大学で学ぶ意義を考え、社会常識を身につけてもらいます。その成果として、医学生としての自覚を持ち、知的好奇心・探究心が育ち、科学的・医学的思考を身につけ、さらには後進育成の基本的姿勢が身につくことを期待しています。医学的研究心の涵養の目的からはごく初歩的な教育ですが、医学生として学問や研究に向き合うための自覚と資質を育むための教育として重要視しています。
 学生からは、「この時期では学ばないような専門性の高い講義をたくさん聞くことができ、良かったと思う。」、「尊敬する先生のもとで、様々なことを学ぶことができ、とても勉強になりました。」など好意的な意見が多く寄せられています。一方では、配属先によって学修の程度に差が大きいという指摘も寄せられており、改善すべき課題となっています。

 2) 医学研究リテラシー
 上記初年次ゼミと並行して、医学研究のための基本的な知識と手法を学びます。具体的には医学研究の必要性、動物実験の必要性と意義、手法、実験ノートの重要性と記載・保管方法、研究に必要な統計手法、論文の構成と作成方法、研究不正の定義とその背景などについて、講義と学生同士の討論を行い、医学研究に関する理解を深めてもらいます。
 初年次の延べ12時間のカリキュラムですが、医学研究に関する種々の課題に対して学生が自ら調査・討論しレポートにまとめることで、科学研究を進めるに当たって必要な知識を修得し、生涯にわたって自己研鑽を積むことの重要性を理解し、科学論文の批判的な評価方法を身につけてもらいます。さらに医学研究倫理とその遵守の大切さを理解してもらいます。

 3) 症例基盤学修
 このカリキュラムは直接医学研究を学ぶものではありませんが、医学が人の健康上の課題解決を最終目標とした学問であり、その目標のために科学研究が積み重ねられた結果が最先端の医学・医療であることを理解し、間接的に医学研究の意義を学びます。
 「症例基盤・型問題解決型学修」として、1年次の前期に「入門」、2年次の後期に「実践」のPBL形式の授業を行います(図1)。教材には、岩手医科大学の臨床講座が作成し、毎年改定を続けている「岩手医科大学基本症例集」を用います。「入門」では発熱、頭痛、胸痛、咳などの一般的な症候を科学的に理解・説明することで医学全体に対する興味を育み、解剖学や生化学、生理学などの基礎医学の重要性を学びます。「実践」では、一般的な症候を訴える患者へのアプローチを学ぶことで、病態理解から診断・治療への応用の過程を理解することで、基礎医学に立脚した医療の大切さを学びます。
 全体を通じて、基礎医学を学んでいる初年次、2年次の学生にその臨床的意義を意識させ、間接的に臨床的課題解決のための基礎的研究の重要性を学んでもらいます。学生からは、「初年次から専門的なことができてとてもためになりました。」、「能動的に勉強する姿勢や、習った事柄を応用するという点で、とても良いカリキュラムだと思った。」という肯定的な意見が寄せられた反面、課題の難しさや発表準備の負担などを訴える意見も多く、若い学年で行うことの難しさがうかがえました。

  (図1 : 2年次講義『症例基盤・問題解決型学修(実践)』の様子) 
   

 4) 研究室配属

 本学医学部の教育カリキュラムのうち研究心涵養を主眼とした中心的なコースです。このコースは基礎医学を修得し、臨床医学を学んでいる途上の3年生が対象で、学生自らの学問的興味に基づいて医学研究を実際に経験することで、未解決の医学的課題を研究により解明する課程を学びます。

 研究テーマは学生が自ら立案する場合もありますが、多くの場合は研究室側から提案され、興味を抱いた学生が応募する形で選択されます。配属先の指導教官とテーマやアプローチの仕方を詳細に話し合い、教官の指導の下、学生自ら研究を行い、結果をまとめて学内の発表会で発表します(図2)。発表会ではすべての分野にわたる多くの教員が座長を引き受け、学会形式で教員、学生が議論を行います。中には学会発表や論文作成にまで至る例もあります。一例として、日本内科学会総会「医学生・研修医の日本内科学会ことはじめ」において、2016年より3年連続医学部5年生が優秀演題賞を受賞しています(図3)。

 学生は、医学的疑問からそれを解決するための情報収集、未解決のテーマの定式化、解決のための研究計画の立案、実際の研究、研究結果の解析と考察、結論の動出までの課程と、それを公表し討論する課程までの一連の流れを経験し、医学研究に対する理解を深めます。

  (図2 : 第43回日本骨髄腫学会術集会での発表の様子) 
   

(図3 : 第115回内科学会総会『医学生・研修医の日本内科学会ことはじめ 2018京都』で優秀演題賞を受賞した循環器内科研究室配属の医学部5年生) 
   

 5) 実践臨床医学

 このカリキュラムは安全で高度な医療を遂行する上で必要な医療現場の仕組みや臨床技能を学ぶ科目ですが、その中で「臨床疫学」を学びます。すなわち医療現場に提供されている様々なエビデンスがどのようにして形成されるかを知り、臨床研究の重要性を理解すると共に臨床研究における研究倫理を学びます。

 学生は臨床判断が求められる事例を題材に、臨床的課題の定式化から医学情報の収集とその批判的吟味を経て医学的判断(適用)を行う課程を疑似体験し、臨床研究の重要性を理解します。その課程で、レベルの高いエビデンス形成のための研究手法を学び、将来、自らが臨床研究を遂行するために必要な知識と技能、倫理観を身につけます。

3. 終わりに
 岩手医科大学医学部学生教育における研究心涵養のためのプログラムを紹介いたしました。医学を学ぶ夢と希望を持って入学した学生の高い向学心を維持し、研究心を持った医師・医学者として送り出すことが医学部の使命であり、本学の建学の精神に叶うと考えます。その目的から入学早期から臨床医学に接する機会を増やし、人々の健康のために医学を学び医学研究を志すという社会奉仕・社会貢献の気持が育まれることを願って、これらのプログラムを遂行しています。