*第62回*  (H29.9.21 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は熊本大学での取り組みについてご紹介します。

地域の施設と行う、卒前における熊本大学医学部の地域医療教育の取り組み
文責 : 熊本大学医学部附属病院地域医療・総合診療実践学寄附講座特任教授 松井 邦彦 先生
  熊本大学医学部長  安東 由喜雄 先生

1)熊本における地域医療教育の歴史と現状
 熊本大学は県内唯一の医育機関であり、卒業生や入局者が熊本県内、及びその周辺の地域医療を担ってきた長い歴史がある。大学各診療科が、地域の施設に医師を派遣し、先々の地域医療に果たしてきた役割は大きい。大学が地域の医療機関とネットワークを結び、その地域や施設のニーズに応じた人材の派遣と交流を行ってきた。大学病院は、最後の砦として高度先進医療の提供を行いつつ、学生から専門医まで、様々な専門分野の医師のキャリア形成を、継続して支援する役割も担ってきた。
 大学病院は診療機関であると同時に、教育研究機関でもある。特に学生を含む若手医師に対し、高度先進医療を提供する専門医へのトレーニングを、大学病院が提供していた。
 このように、人材の供給と医師の育成という両方の面で、大学が県内の医療に果たしてきた役割は大きい。しかしながら平成16年より開始された医師臨床研修制度の影響で、大学病院外で臨床研修を行う者が増え、大学の研修者が減り、大学の人手不足の影響もあって大学から地域の病院へ医師の派遣の継続が困難になってきた。
 一方で熊本県の特徴として、医師数全体としては全国平均より多いものの、人口当たりでみると熊本市とその近郊が突出しており、県内においては医師の地域偏在が大きな問題となっている。更に全国平均よりも早く高齢化が進みつつあるのは、一般的な日本の地方と変わらない。このような中、国が示した地域包括ケアシステムの構築が熊本県内の各地でも進みつつあるが、この中にある将来の地域医療の現場で活躍する医師をどのように育成していくかは、今後に向けた大きな課題である。これまでと同様、この医師の育成に大学の役割は大きいと思われるが、ここで求められている医療は、大学病院が担っている医療とは大きく異なるものである。このため、地域医療に貢献する医師の育成には、地域の施設が協力することは必須となる。

 これまで卒後の医師の育成とキャリア支援は、伝統的に大学と地域の施設がネットワークを形成することで成り立っており、さまざまな専門分野の医師に関しては、有効に機能してきたと思われる。一方で、卒前教育の場は大学と大学病院が中心であり、これについて地域の施設が関わる機会は多くなかった。このことが、医師の地域偏在の現状に影響していることも否定できない。このため最近、文部科学省が示す医学教育モデル・コア・カリキュラムにおいても、地域医療への貢献や地域医療実習について記載されるようになり、熊本大学ではこれに対応するため、地域医療教育のプログラムとして新たな取り組みを起こす必要があった。


2)地域医療教育プログラムの始まり
 熊本大学では学生への地域医療教育は、熊本県の寄附講座である附属病院地域医療・総合診療実践学寄附講座が中心となって任されている。この前身の地域医療システム学寄附講座は、同じく熊本県からの寄附により平成21年に設置され、県内地域での医師不足等の問題に取り組んできた。また同年より熊本県は、熊本大生を対象とした医師修学資金貸与制度を開始し、翌年には修学資金貸与と連動した地域枠推薦入試制度も開始されている。平成26年度にはスタッフが一新され、28年度よりは名称を現行に変更した。この寄附講座より、臨床実習の中で選択として“地域医療”実習という名目で、学生を地域の施設へ送り出している。
 地域医療実習と一口に言っても、実際の実習内容はそれぞれの施設で異なる。どのような実習が提供可能かについては、人的状況を含めた施設の実情や実際に行われている診療内容に基づくところが大きい。加えて従来行われてきた数日程度の“見学型”の臨床実習とは異なり、数週間の“診療参加型”の実習をお願いしている。地域の施設の多くでは学生の受け入れはこれまでに経験がなく、学生教育に参加するという動機付けも明確にされているとは言えない状況だった。また受け入れ側としてさまざまな準備が必要であるため、当寄附講座では、受け入れをお願いする地域の施設に対して、様々な準備や仕掛けづくりを行ってきた。
 まず受け入れのお願いに際して、先方の責任者である指導医の先生と事務方の担当者に、密に連絡を取っている。地域医療実習との名称であるが、指導医の先生が病院のどの標榜診療科に所属しているかで、実習内容は決まる。例えば外科の先生であれば、週のうち数日を手術場で過ごす場合もある。その地域の施設で行われている実際の医療を、チームの一員として何らかの役割を持たせていただきたいというのが、大学の我々の要望の基本にあり、受け入れ先の標榜診療科に制限がある訳ではない。モデル・コア・カリキュラムに基づき大学側が示す到達目標はあるが、施設独自の目標を加えていただき、一週間のスケジュールを含めたプログラムを作っていただいている。
 その上で当寄附講座では各施設から出された実習プログラムをまとめ、実習先の選択肢リストとしてあらかじめ学生に提示する。これにより、学生は自身の興味に基づき実習先を選ぶことができる。また学生には、交通手段の確認だけではなく、当寄附講座の予算で大学から実習先までの一往復分の交通費も支給し、更には文献検索用にタブレット端末の貸与も行っている。宿泊は受け入れ先の施設内で、空いた当直室や医師宿舎を用意していただく場合がほとんどであるが、それが困難な場合は、受け入れ先の施設負担で近隣の宿泊施設を用意していただいている場合もある。実習に関して、現状では基本的に学生の自己負担はない。

3)地域医療教育のための様々な工夫
 このような形の実習は、大学の我々と地域の施設の双方にとって全く新しいものである。趣旨や目的、意義について、受け入れ側である地域の施設に理解してもらうための啓発活動として、協力施設の先生方を対象に、ワークショップを当寄附講座主催で開催してきた。これは年に一回、週末の半日、指導医の先生方や病院事務の方に大学へお集まりいただき開催しており、双方にとって貴重な意見交換と情報収集の場となっている。学生はもとより、研修医も含めた若手医師を受け入れた経験の乏しい施設では、どのように教育すればいいのかわからないという声も聞かれ、そのような不安を解消していただく効果もある。
 前述のように、それぞれの施設の状況で実習の内容は異なり、受け入れ先の標榜診療科も定まっていない。また実習目標としては、モデル・コア・カリキュラムより提示しているものの、具体的な方略に関しては、受け入れ施設にお任せしている部分は大きい。地域の施設の指導医の先生方と、教育をお願いする立場である大学の教員が直接交流することで、お互いの考え方やスタンスを知ることが出来る貴重な機会である上に、地域の施設間でも実習や教育内容等について交流できる場になっている。さらに様々な学習環境の整備についても、互いの施設の状況を知る機会となり、宿舎を含めたハードの問題やWi-Fi環境など、ほぼすべての施設で理想の環境が整えられつつある。
 このような取り組みを開始し、受け入れをお願いしている地域の施設は、現在、診療所を含め13施設となった。協力施設数の増加だけではなく、それぞれの施設で学生受け入れに関する雰囲気が、少しずつ変化しつつあるようである。実習の学生が3週間にわたりチームの一員としての役割を果たすことができれば、学生にとって大きな収穫であるだけではなく、受け入れ施設にとっても様々なメリットにつながることが、それぞれに認知されつつある。ある指導医の先生からは、若い学生が来ることが刺激となって、職員の職務への意識が向上するといった効果も伺われた。大学病院と共同して、たすき掛けで臨床研修プログラムを運営している地域の研修病院には、近い将来、その施設へ研修医としてマッチングに参加する候補者の確保といった具体的なモチベーションを感じ、学生の受け入れに協力してくださる施設もあるようである。卒後のみならず、卒前教育から地域の施設が大学と連携することで、大学病院と地域の施設の連携を強める効果も期待される。これらの活動は、大学と地域の施設が一緒に協力して医師の育成を行い、将来への医師確保へ向けた努力を行っていることに他ならない。
 スムーズに学生が実習を行うことができるよう、大学側としてもその他、様々な配慮を行っている。実習前の大学でのオリエンテーションはもとより、実習先の施設へお世話になる学生の顔写真のポスターを作製、送付し、院内の掲示板や医局等に貼ってもらうことで、実習中の学生がいることを明示していただいている。
 また寄附講座で独自の実習記録帳(ログブック)を作成し、これに日々の実習内容を学生が記録し、指導医に確認してもらうようにしている。この記録を基に、実習最後の週の金曜日午後には大学に学生が集り振り返りの会を行い、学生がそれぞれの経験を共有する場としている。加えて大学の教員側としては、実際にどのような実習が行われ学びを学生が行ったのか知る機会となり、様々な点から実習をより良い方向へ改善するための情報を得るソースとなっている。またログブックの効用として、将来、学生が医師となったときに、実習で感じた気持ちを振り返ってもらう機会となることも期待している。
 更により密に地域の施設と連携を取り、熊本県内での地域医療教育のモデルを目指し、大学病院外の教育拠点を、熊本市外の公的病院である公立玉名病院へ平成27年4月に設置した。これは同院に大学の当寄附講座の教員2名が常駐して、学生や研修医への地域医療教育に当たるというものである。これにより、大学病院ではその性質上教育が困難なプライマリ・ケアに関した教育を行うことが可能となった。卒前、卒後の垣根を越えた屋根瓦方式の教育も可能となり、更に多職種連携を意識した教育も行っている。今後は、新専門医制度の中での総合診療専門医の育成との連動も考えられる。

4)地域医療教育の今後と課題
 現行の熊本大学のカリキュラムでは、この地域医療実習は、大学病院で一通りの診療科での臨床実習が終了した後の5年生に、連続した3週間の選択実習として提供されている。参加者は年々増加しつつあり、本年度は学年の半数余りが選択した。また熊本大学では現在カリキュラム改革が進行しつつあり、平成30年度の5年生より、地域医療実習は必須になる予定である。これに対応するには、協力施設数の増加や大学側の支援体制の強化など、更に周到な準備が必要であると思われる。
 少子高齢化が進む中で、地域における医師不足の問題に対し、大学として様々な取り組みを行うことが必要である。熊本県における唯一の医育機関である熊本大学は、今後とも県内を中心とした地域医療への貢献が期待されており、それに応えるためには卒前から継続した地域医療についての教育が求められる。そのため充実した地域医療教育プログラムの提供が必要であり、大学と地域の施設の協力のみならず、市町村や県などの行政側からの支援、更には医師会の協力も期待される。


熊本大学医学部附属病院 地域医療・総合診療実践学寄附講座HP:
http://www.chiiki-iryo-kumamoto.org/dcfgm/