*第8回*  (R4.5.24 UP) 前回までの掲載はこちらから
「地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育」連携トップページへ戻る
今回は三重大学での取り組みについてご紹介します。

地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育
文責 :  三重大学 堀 浩樹 医学部長

1. 三重県の地域医療構想
 三重県は、少子高齢化などの社会情勢の変化に対応するため、2025年におけるあるべき医療提供体制を見定め、地域医療介護総合確保基金を活用して、「医療機能の分化・連携の推進」、「在宅医療の充実」、「医療従事者の確保」を推進する方針を示している。「医療機能の分化・連携の推進」では、急性期病床を回復期リハビリテーションや地域包括ケアなどの回復期機能に対応できる病床に転換し、がん、脳卒中、救急医療、周産期医療などの主要疾患・主要事業に係る医療提供体制を確保するため、医療機関の強化・拠点化を進めるとしている。さらには、医療機関連携や医療・介護連携のための地域連携クリティカルパスの充実、ICTを活用した情報ネットワークシステムの導入を構想している。「在宅医療の充実」に向けては、地域包括ケアシステムの整備、多職種連携による在宅医療提供体制の構築を目指した取組みを行なっている。「医療従事者の確保」については、2030年までに医師の需給ギャップは解消されるが、その後も地域偏在と診療科偏在が継続すると推定しており、看護師不足は、2035年時点においても解消されないと予測している。医療従事者を確保するため、医療専門職の養成を担う高等教育機関との継続的な連携の必要性を提示している。

2. 地域医療に貢献する医師の確保
 2022年度時点での本学医学科入学定員は125名(恒久定員105、臨時定員増20)であり、そのうちの35名が地域枠定員となっている。本学の地域枠制度での定員は、推薦入試で30名程度、前期日程で5名程度である。推薦入試30名の内訳は、三重県出身者を全県的に受け入れる地域枠Aが25名、医学部が指定する医師不足地域から入学者を受け入れる地域枠Bが5名である。地域枠制度の導入と制度変更により、県内からの入学者の受け入れが増加し、それに伴い初期臨床研修での県内研修病院就職者数は増加している。入学者選抜においては、50-70人程度が県内出身者であり、そのうちの50-70%が地域枠学生である。また、初期臨床研修での県内就職者数は、新制度開始初年度の62人から2015年以降111〜128人で推移し、その約30%が本学卒業の地域枠医師である。課題として、専門研修での研修医の県外流出がある。3年目からの専門研修において県内プログラムに登録する研修医数は90〜100人であり、初期臨床研修での県内就職者数から2割程度の減少がある。専門研修で県内プログラムに登録する専門研修医数における本学卒業の地域枠医師の割合は40%程度であり、地域枠制度は、県内勤務医師の確保において重要な役割を果たしている。
 本学では、医師不足地域から入学者を受け入れる地域枠B制度を実施しており、この制度により県内の全ての市町村(29自治体)から医学科入学者を受け入れることができている。地域枠B制度では、出身自治体の首長、地域の中核病院の病院長、高等学校長からの推薦が必要であり、志願者は、夏季休暇などを利用して地域病院での研修への参加や病院長との面談を行っている。
 地域枠医師には、文部科学省・厚生労働省が示す地域での従事要件を終えた後も自らの意思で地域医療に従事し、地域医療のリーダー的役割を果たして欲しいと考えている。入学後早期から卒業まで継続して実施している進路相談・指導の場で、そのことを伝えるようにしている。また、卒業後も三重県地域医療支援センターと卒前医学教育部門である医学・看護学教育センターが協力して、地域枠医師のキャリア支援と適正な県内配置に向けて協力する体制を整備している。今後とも医師の働き方改革などにより、医師の需給推計が変動する可能性があり、将来を見据えた地域枠入学者選抜制度の運用が求められている。看護学科においても地域枠入学者選抜制度を導入しており、定員の約20%が地域枠学生として入学している。

3. 地域医療教育の実施
 地域医療構想に示される「医療従事者の確保」に向けて、地域医療教育にも積極的に取り組み、また、「在宅医療の充実」に向けて健康と社会生活との関わりについての理解を深めるための教育の実施に努めている。
 本学の地域医療教育にはいくつかの特徴がある。まず一つ目として、地域枠学生のみを対象にした地域医療教育ではなく、地域枠学生に望まれる学習を標準として、すべての学生に地域医療に貢献する意識を持たせる教育を実施する方針をとっている。二つ目として、地域医療教育の実施にあたり、その教育の方略や財源の確保において三重大学、三重県、三重県市町村振興協会の3者が協力して取り組んでいる。後述する地域基盤型保健医療教育では、県下のすべての市町村での実習を実施しており、三重県庁が実習の準備と市町村との学生受け入れ調整の仲介役を果たしてくれている。市町村は、地域での学生受け入れに加え、財務的支援(実習のための教員の雇用、学生旅費、備品購入など)を行なってくれている。3つ目として、全学的な教育方針に掲げているActive learning、Problem-based learning、Project-based learning の教育方法を採用し、座学による地域医療教育だけではなく、実践的な教育としている。地域医療教育に関連する授業科目として、第一学年後期授業「国際保健と地域医療」、第一および第二学年通期の「地域基盤型保健医療教育」がある。「国際保健と地域医療」は講義形式の授業であり、前半は地域保健医療、後半は国際保健医療の専門家による講義から構成している。地域保健医療の講義は、三重県医療保健部に委託し、県内の離島診療所医師、医療行政担当者、地域枠医師、特色ある地域医療を実践している県外の医療者などを非常勤講師として招聘している。国際保健医療の講義においても感染症サーベイランス、世界に広まる母子手帳、地域に特異的な医療文化、健康の社会的決定要因などを取り上げ、地域保健医療と国際保健医療とに共通する課題を学習する授業を展開している。地域保健医療の講義では、自治体首長が講義を担当することもあり、それらの講義では、自治体が取り組む地域包括ケアの紹介なども含まれている。「地域基盤型保健医療教育」は、健康と社会生活との関わり、地域にある医療・健康に関する文化、地域にある医療システムの課題、地域の医療ニーズと医療格差などの理解を深めることを学習目標にし、学生自らが文化人類学的手法を用いて実地調査を行い、その成果を活かして地域貢献活動を実践する授業である。4-5人の学生グループが、県内の全29市町村のいずれかを2年間継続して担当する。授業は、地域での実習と実習前後での学内でのグループ学習により構成している。第1学年次は、地域の方々へのインタビューや市町村の保健指標の調査を通じて地域診断を行い、第2学年次は、前年度の地域調査と地域診断に基づいて、地域の方々の健康に関する意識・行動変容をもたらすような地域での活動を行う。この授業を通じて、学生のコミュニケーション力、問題発見能力、問題解決能力などが向上することを期待しているが、それと同時に、地域で暮らす方々との触れ合いを通じて、学生が地域社会への愛着を醸成し、地域からの期待を肌で感じることで将来の医師としてキャリアを考えるきっかけを持つことも期待している。2021〜2022年度の授業では、市町村への訪問を制限せざるを得ない状況があり、大学と29市町とのあいだに構築したオンラインネットワークを活用した実習であったが、自治体担当者からは、地域住民の方と学生との直接的な触れ合いが望ましいとの意見が届いている。さらに、地域医療構想にも示されている「医療機能の分化・連携の推進」を担える人材の育成を目指して、「地域基盤型保健医療教育」を看護学科学生も参加する多職種連携教育に移行させることを計画し、2022年4月からの実施に向けて準備している。
 これらの入学後早期からの地域医療教育に加え、第三年次以降も社会医学授業、医療機関見学実習、診療参加型臨床実習を通じて、地域医療を学ぶカリキュラムを実施している。

4. 地域医療構想に沿った人材育成
 地域医療構想においては、回復期リハビリテーション、地域包括ケア、多職種連携、情報ネットワークシステムでのICTの活用などが取り上げられ、これらに関連する取組みが実践されている。医学教育においても、これらに対応する教育の実施、教育体制の整備が求められていると考えている。回復期リハビリテーションの充実に向けては、2020年、附属病院にリハビリテーション科を新設し、専任教授を配置した。また、附属病院専門研修プログラムにもリハビリテーション科プログラムを追加した。これにより臨床医学教育、特に診療参加型臨床実習におけるリハビリテーション教育が充実し、第6学年の選択型臨床実習でリハビリテーション科を選択する学生が増加している。地域包括ケアを担う人材の育成に向けては、総合診療医の育成が重要であると考えており、これまで医学部に設置していた家庭医療学講座を見直し、新たに附属病院に設置した総合診療部を中心に診療および教育体制を刷新した。地域枠学生の増加に伴い総合診療科志望者の増加を期待していたが、実際は、地域医療機関からのニーズに沿った総合診療医の確保ができていない。この課題への対応として、2020年度厚生労働省「総合的な診療能力を持つ医師養成推進事業」の採択を受け、新しい取組みである「Mie GP 12」を開始している。この事業は、卒前教育6年間、初期臨床研修2年間、その後の専門研修4年間の合計12年間を総合診療医の育成期間として設定している。医学部入学後早期から総合診療の研修や地域でのフィールド研究への学生の参画を促進し、大学教員と地域医療機関の総合診療医の二人がメンターとして継続して学生へのキャリア相談を担当するという取組みである。学生の登録を開始した2021年度は、地域枠学生を中心に募集定員(8名)を超える希望があった。
 総合診療科の診療参加型臨床実習では、医学科学生と看護学科学生との高学年での多職種連携教育にも取り組んでいる。また、2021年度文部科学省「感染症医療人材養成事業」に採択され、新興・再興感染症、感染症疫学、感染症サーベイランスなどに関する教育の強化にも取り組んでいる。

5. 地域医療構想に関連する医学教育上の課題と今後の展望
 ここまで、県内の地域医療に従事する医師の確保、医学部学生の地域医療への貢献意識の醸成を目指した地域医療教育の実施について詳述したが、全県的な診療科偏在や県内二次医療圏での医師偏在、医療格差が解決されていない。三重県の医療従事者数の統計では、麻酔科医数と助産師数が全国の中でも際立って低位であり、これらの領域での診療および教育体制の強化が課題となっている。医学部および附属病院では、麻酔科診療体制を整備し、この課題の解決に向けての取組みを開始したところである。産婦人科診療体制については、医療安全などの観点から地域医療構想にも示された医療機関の強化・拠点化が進められているが、人口過疎地域からは若者の地域定着のための産婦人科診療への大きな期待がある。さらには産婦人科を専攻した地域枠医師の地域貢献の場の確保が難しくなっているなどの課題も存在している。今後さらに、地域の行政および保健医療担当者と医学部関係者との情報共有と相互理解を促進し、安定的に地域ニーズに応えられる地域医療人材の育成に取り組む必要がある。
 さらに、過去2年余り、COVID-19の世界的流行という私達の世代が経験したことがない社会的ならびに保健医療的な過大な負荷を経験した。このことは、医学部での教育活動や医療機関での診療のあり方、地域社会での公衆衛生の課題を強く認識することにも繋がった。特に、公衆衛生の領域では、感染症疫学の専門家、保健所や県庁などで保健行政を担う人材の不足が顕在化した。本学では、「感染症危機管理人材育成センター」を2022年度に設置し、疫学・公衆衛生領域での教育強化と人材育成に取り組むことを計画している。
 地方国立大学の医学部が、今後ともその存在意義を維持するためには、地域社会から求められ、地域社会と連携した人材育成を実践していくことが必要であると考えている。また、学生と教員の地域医療に対する理解を促進し、学生と教員が地域医療教育や地域枠入学者選抜制度についてともに考えることが大切であると考えている。