大学の教授が研究医として歩みだした頃のことを回顧します。
*第60回*   (2020.10.26 UP)  前回までの掲載はこちらから
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今回は関西医科大学 学長 友田 幸一 先生です。
 「内耳免疫との出会い

                             関西医科大学 学長 友田 幸一

        
 
 

T.J.Yoo教授を囲んで(左から石部先生、筆者、Yoo先生、矢沢先生)

 
   
 私は、大学院時代の1980年から2年間、米国テネシー大学に留学する機会を得ました。大学の在るメンフィスは、ミシシッピィー川の東岸に位置し、1819年にアメリカインディアンの小部落から大きく発展した町で、アメリカの綿花の集積都市として栄えました。日本でもおなじみの外輪蒸気船、音楽ではエルビスプレスリー、テネシーワルツ、カントリー&ウエスタン、Furry Lewis(ギター奏者)、メンフィスブルースの父W.C. Hardy、お酒ではジャックダニエルが有名です。この町はまた、中南部一の規模をもつMedical Centerが在る事でも有名です。中でも小児の白血病で有名なSt. Jude子供病院、整形外科のCampbell clinic、耳硬化症の手術で有名なShea clinicなどがあります。
 私は当初、テネシー大学医学部付属Memphis Eye and Ear Hospital(Shea clinic)のJohn J. Shea教授の下で側頭骨の病理の研究を行っておりましたが、ある時ステロイド依存性難聴の患者の検索を依頼され、テネシー大学内科免疫学教授のTai J. Yoo先生を訪ねることになりました。Yoo先生はアレルギー、腫瘍免疫の研究を専門とされていましたが、内耳の免疫異常のことをお話しますと大変興味を持たれ、これが契機となってこの分野の共同研究を始めることになりました。当時、同大学の化学教室でコラーゲン関節炎の研究が行われており、たまたま実験モデルのラットが難聴とめまいを発症していたことから内耳を精査することになりました。聴力は聴性脳幹反応(ABR)で、前庭機能はカロリックテストで調べたところ両耳で反応低下が観察されたため、側頭骨を摘出し病理を検索することになりました。驚いたことにラットの蝸牛では内リンパ水腫とラセン神経節細胞の変性が、前庭では前庭神経節細胞の変性が観察され、臨床でいうメニエール病と非常に類似した所見が観察されました。
 この研究のベースになるのはコラーゲンで、その分子型は現在20型に分類されています。コラーゲン関節炎の実験は、ラットを牛のタイプ
IIコラーゲンで感作されていることから、軟骨に由来するタイプIIが内耳の病変に関連するのではないかと考えられました。このコラーゲン関節炎はモルモットでも発症することから、以後はモルモットを使って基礎研究が始まりました。血清および内耳リンパ液中には牛のタイプIIコラーゲンに対する抗体価が上昇し、これはラットおよびモルモットのタイプIIコラーゲンで吸収されることから自己免疫性の可能性が示唆されました。神経耳科学的にも同様に聴力障害、前庭機能障害が認められました(Science 222: 1983)。また、原因不明とされている重症メニエール病について血清中のタイプIIコラーゲンに対する抗体価を測定したところ、対象と比較し優位に高値を示しました(Science 217: 1982)。側頭骨におけるタイプIIコラーゲンの局在については、モノクローナル抗体による免疫染色で、内耳骨包、膜迷路、内リンパ管、内リンパ嚢などに観察されました。
 内耳の免疫に関する研究は、1979年にIowa大学のBrian McCabe教授の自己免疫性感音難聴の症例報告に始まりますが、この分野の研究はあまり進んでいませんでした。私どもの研究が発端となり、UCサンディエゴのJ.P. HarrisやオランダのJ. Veldmanグループからも次々と研究成果が発表されるようになり、この分野が世界的にも一躍注目を浴びるようになりました。しかし、いまだ内耳に特異的な抗原は同定されていません。内耳は骨に囲まれた臓器でアプローチが難しく、標的臓器が小さいために十分な量のサンプルが得られないことから従来の手法では限界がありその後少し下火になっていました。しかし最近、分子遺伝学的な手法を用いて新たな研究が展開されてきています。Methotologyの進歩が研究の流れを変え、時代の流れを変えていくものと信じます。
 その一方で1995年頃、ある一冊の本に出会いました。横山三男著「免疫学ハイライト、神経免疫系の相互調節」、中外医学社、1993です。それまで私は、免疫系は抗原、抗体反応とそれに関連した免疫担当細胞が産生する種々のサイトカインによってもたらされる一連の反応であり、また神経系も同様にニューロンと神経伝達物質によってもたらされる一連の反応と信じてきました。ところがこの著書を読むことで大きなショックと同時に感動を覚えました。
 神経系と免疫系との双方向の情報伝達が存在することが明らかとなったのは1980年代中頃からで、神経細胞から種々のサイトカインが産生され、一方、免疫担当細胞も神経ペプチドを産生しお互いがクロストークして生体の反応を調節しています。このような神経―免疫相関の現象は中枢神経系だけでなく末梢神経系においても証明されています。内耳においてもすでに自律神経の他にさまざまなペプチド神経が分布することは知られていますが、これらが内耳の免疫系とどう関っているかはまだ不明です。メニエール病はストレスと関連する病気ですから、例えば抗原の侵入がなくとも何らかのストレスによって神経系が刺激され、産生される神経ペプチドやサイトカインが免疫系に異常を生じ、内耳の恒常性に影響を与えると考えられます。この反応は抗原非依存性に起こります。突発性難聴の症例でも免疫異常が指摘されていますが、これも抗原非依存性の反応による可能性が考えられます。近年神経免疫に関連した新しい疾患が、神経、精神科領域で注目されてきていますが、このような新しい概念に基づいて、原因や病態不明の疾患を見直す必要があると思います。
 最後に、私の座右の銘は「未知との遭遇」で、これから研究医を目指す若い先生達に、未知を恐れず勇気を持って何事にもチャレンジして欲しいと思います。

【私の履歴書】
1977年 3月 関西医科大学卒業
1980年12月 米国、テネシー大学医学部付属Memphis Eye and Ear Hospital研究助手、
  同大学医学部内科、免疫アレルギ−部門客員研究員 
1983年 3月 関西医科大学大学院医学研究科修了
1983年 4月 関西医科大学耳鼻咽喉科助手
1985年 6月 筑波大学臨床医学系耳鼻咽喉科講師
1987年 7月 関西医科大学耳鼻咽喉科講師
1994年 5月 関西医科大学耳鼻咽喉科助教授
1997年 4月 金沢医科大学感覚機能病態学耳鼻咽喉科教授
2008年 7月 関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授、 
ブレインメディカルリサーチセンター教授併任
2012年 4月  関西医科大学副学長・教務部長併任 
2015年 4月  関西医科大学学長 現在に至る 
 専門領域:神経免疫学、臨床耳科・鼻科学、頭頚部腫瘍外科学、コンピュータ外科学