*第20回*  (H25.11.18UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は愛媛大学での取り組みについてご紹介します。

愛媛大学における基礎研究医養成の取り組み
「医学科大学院からの基礎研究医養成コース」
(文責 : 愛媛大学研究者育成委員会委員長/分子細胞生理学 教授 田中 潤也 先生)

<課題>
 愛媛大学医学部医学科では、研究医あるいはアカデミックドクターの養成、能動的学習態度の醸成などを目的に、長年「医科学研究(いわゆる基礎配)」に力を入れてきました。しかし、平成22年度まで医学科3年次前期から4年次前期に至る極めて長期間を医科学研究に充てていましたが、学生の活動状況は芳しくなく、翻って教員側の熱意にも疑問のある状態が続きました。基礎医学者を目指す大学院進学者はご多分に漏れずほぼ皆無の状態が何十年も続き、基礎研究医はもちろん、臨床系も含めて研究医養成という社会的責務の一端を果たせているとは到底言えず、これを打破しなければならないと考えられました。また、初期臨床研修義務化以降、医学専攻大学院の入学時年齢が30歳を超えるようになり、ますます研究医、特に基礎研究医の養成が困難になる状況が生まれました。また、現在の学生は、単独行動が難しく、群れでの行動を好みます。従って、学生の間に広く浸透する研究マインドを育てない限り、研究医の養成は不可能であると考えました。


<打ち出した方策>
1)制度としての医学科大学院
 学部教育と大学院教育を融合させた「医学科大学院」。特に基礎研究に向けた意欲ある学部生に給与を出し、学会発表・論文発表を奨励し、医学科大学院生(学生研究員)として高度な研究をしてもらいます。3年次から6年次にわたり、大学院講義科目の受講を可能とし、10単位の先取りを認めます。学部卒業直後に大学院に入学し、2年間初期研修に専念し、卒後3年目に大学院生としての学習と研究に従事します。この方法では、本来の大学院生としての期間は2年間しかありませんが、学部時代の実績と合わせ、実質4年間の学びと研究を行います。

   

2)医学生は研究するものだ、という雰囲気作り
 愛媛大学医学部医学科に入学すると、4月の一番最初の専門科目が研究室訪問を中心とするフロンティア医学になります。フロンティア医学は、4月末からの医科学研究で配属する研究室を定める授業です。殆ど知識のない1年生の多くは面食らいますが、「医学部は研究するところだ」という事実はほどなく受け入れられます。1年生の医科学研究では、熱心に活動する学生とそうでない学生が現れます。そうして学生の淘汰が始まります。4年生まで続く医科学研究は、2年生から選択科目になり、熱心な学生が残ります。研究者育成教育では教員の負担は少なくありませんが、学生が熱心であれば教員のやる気は保たれます。医科学研究を続け、4年生にもなれば相当の研究技術や知識を備えるようになり、研究室になくてはならない存在となっていきます。学生の論文発表・学会発表には、文部科学省「基礎・臨床を両輪とした医学教育改革によるグローバルな医師養成-医学・医療の高度化の基盤を担う基礎研究医の養成」による予算から、十分な補助を行っています。
 ウインタースクールという研究志向の学生と教授陣が合宿研修をする催しもあります。研究能力の高い研究室推薦の学生と教授陣とのディスカッションは非常にレベルも高く、学生から好評です。
 年に2回の学内の研究発表会(9月の医科学研究発表会、3月の大学院医学専攻研究発表会)が開かれます。年々規模は拡大しており、学生の間でも、これらの会で発表する為にがんばる、という雰囲気が生まれてきました。どちらの発表会も、自主的な参加で単位認定などはありません。

   

 上のグラフは、医科学研究発表会演題数、学生の全国レベルの学会発表数(筆頭演者分のみ)、学生が筆頭著者である論文の数の推移を示すグラフです。学生の自主的参加・発表ですが、最近演題数、論文数が急上昇しています。それは、様々なインセンティブの設定と関連があります。

3)学生研究へのインセンティブ 
 ● 大学院講義単位取得の権利:大学院の講義単位の先取りをする「科目等履修制度」を平成21年に創設、その際、医科学研究発表会での発表を義務づけしたため、平成22年度から演題数が増加しました。 
 ● 医科学研究発表会発表演題数に応じた研究費の配分:学生の研究態度が不熱心であるのと表裏一体で不熱心な教員も少なくありませんでしたが、平成23年度より研究費配分を行うようになると、教員の関心も高まりました。
 ● 学生研究員の給与/英語の個人レッスン/学会参加費用の援助:基礎研究医の養成を一層推進するため、文科省予算を受けて、平成24年度より学生研究員制度を創設しました。学会の会員になり、全国レベルの学会で発表すると「初級学生研究員」に、英文の原著論文(インパクトファクター2.5以上)を筆頭著者として公表すると「中級」に、英語教師の個人レッスンを受けて国際学会で発表すると「上級」になり、給与も上がっていくというシステムです。学生研究員は、現在46名がいます。この学生研究員は、毎年最低3回の研究成果発表(学内の2回、所属学会での1回)が義務づけられ、身分の維持には大変な努力が必要です。 

4)富士山型の研究医育成システム
 愛媛大学の研究医育成は、1年次の全員必修科目「医科学研究Ⅰ」から始まりますが、学生はどんどん脱落し、上級学生研究員(毎年の成果発表+インパクトファクター2.5以上の筆頭論文+英語で外国人とディスカッションできる学識と英語力)となる学生は殆どいないでしょう(今も、上級は残念ながら0人です)。しかし、上級にまで至れば、さすがに基礎で一生やっていく自信も能力も身についているでしょう。「目指せ!上級」、これが我々のスローガンです。下の写真は、このスローガンに合わせて、わざわざ北アルプスの上級コースにまで行って撮影したものです。

 

 このように、その意志と能力によって学生の淘汰を進めながら、基礎研究医を養成しようとしています。これが、我々の富士山型の基礎研究医養成システムです。

   

<これまでの成果と問題点>

 研究医養成を目指す愛媛大学の取り組みが明確な形で開始できたのは、平成22年度からの愛媛大学GP「医学科大学院制の確立:学部-大学院一体化による医学研究者/医学教育者/指導的医師の育成」予算によって、学生の学会発表を奨励出来るようになってからです。自分の研究成果を学会で発表出来る達成感・充実感が、多くの学生に伝えられるようになり、学生研究は大きな広がりを持つようになりました。下の写真は、第90回日本生理学会大会(東京、平成25年3月末)の風景です。愛媛大学からは26人の学生が参加・発表しました。学会出張もこうなると修学旅行並みです。6名の学生は、Junior Investigator’s awardを受賞して、一層研究推進への気持ちが高まりました。現在多くの学会で、学生の参加を奨励していますが、このような取り組みには深く感謝しております。
   

 研究マインドを持った学生達の多くは、研究医にならずとも地域医療で活躍するアカデミックドクターになってもらえればいいのですが、年に3人の学生にはなんとしても基礎系に進んでもらいたいものです。ここでも学生達は、(たとえ、目標の上級学生研究員になったとしても)単独での人生選択が困難です。あまりにも長らく、基礎を選ぶ人間がいなかったために、ロールモデルとなる先輩達がいません。研究を志向する学生同士が、大学の枠を超えて交流する機会を今より遥かに増やす必要があると思います。研究成果で勝った負けたもある、交流行事も重視した定期戦や、西医体や全医体のような大会が、学会とは別に必要だと思います。
 また、医学教育にも年々様々な重圧がかかるようになり、時間外に研究するのも容易ではありません。研究者を目指す学生に対する医学教育カリキュラムの負担軽減策も全国的な議論が必要ではないかと思われます。


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