<新カリキュラムの策定と研究室配属コースの設定>
聖マリアンナ医科大学では、2016年に大幅なカリキュラムの改訂を行いました。その理由には大きく以下の2つがあります。
ひとつは本学の前回のカリキュラム改訂がH14年(2002年)であり、それから10年以上が経過していることです。この間医学技術は各段に進歩し、医学知識や医療情報量も膨大となりました。さらに医学教育に対する考え方の変化、パラダイムシフトも起きてきました。加えてIT機器の進歩、普及は予想を超える速さで進んでいます。これらに対応するには、策定してから10年以上経過したカリキュラムでは困難です。
もうひとつは、国際基準(global standard)に対応した医学教育の実践、医学教育の質保証ということです。本邦では世界医学教育連盟(WFME:World
Federation of Medical Education)の提示する国際認証基準に準拠した医学教育の質を保証するために、日本医学教育認証評議会(JACME:Japan
Accreditation Council for Medical Education)が組織され、分野別国際認証を行う体制が整えられました。本学も数年内に分野別国際認証を取得する予定ですが、WFMEのglobal
standardの基本的水準には臨床実習の期間を概ね2年間とすることが明示されています。これに対応するために、カリキュラムを大幅に改訂する必要が生じました。
今回のカリキュラムの改訂にあたっては、まず始めにディプロマポリシーを設定しました。新しく設定したディプロマポリシーには、大項目として、正しく判断できる、正しく行動できる、生涯にわたって省察し実践する基礎ができるの3つがあり、さらに獲得しなければならない能力として以下の8つの領域を設定しました。即ち、医師の責務、医師の姿勢、複合的知識、問題解決能力、コミュニケーション能力、基本的診療能力、社会的責任、省察的実践家です。本学のカリキュラムはこれらのディプロマ・ポリシーを基軸として組み立てられています。そしてディプロマポリシーを実現するための具体的な方略のひとつとして、新カリキュラムでは研究室配属コースを設定しました。このコースではディプロマポリシーとして示した8つの領域のうち複合的知識、問題解決能力、省察的実践家の3つの達成を目標としています。
<研究室配属コースの実際>
1.研究室配属コースの目的
研究室配属コースの基本的な目的は、「医学研究の実際に触れることでリサーチマインドを涵養するとともに、研究の目的、意義、手法、実施に際しての問題点、注意点、研究倫理について学ぶこと」です。しかしそれだけではなく、思考力、判断力、表現力を養うことも重要な目的のひとつと考えています。知識と技能のように勉強を積みかさねることで養われる力だけではなく、それ以外の能力、例えばシステム的発想、あるいは戦略的思考といったものも身に付けてもらいたいというねらいも含まれています。
2.時期と期間
研究室配属コースの設定にあたってはこれを必修科目とすること、つまり希望者だけが参加する選択制ではなく、学生全員を対象としたものとすることを基本としました。時期、期間の設定については、基礎医学、臨床医学をひととおり終了した時点が適当であると考え、第4学年後半としました。新カリキュラムは2016年度から開始しましたので、今年度が初めての研究室配属コースの実施となります。期間は1か月程度で、動物実験を実施する可能性も考慮して、連続した日程とすることとしました。
3.コースの内容
学生全員を対象とするため、学生ひとりひとりの興味や得意分野、取り組みたい課題は様々です。これら多様なニーズに応える必要があることから、以下の4つのコース、即ち、①学内研究コース、②学外コース、③調査研究コース、④論文比較研究コースを設定しました。これらのうちどのコースを選ぶかは学生の希望によることとしました。
①学内研究コース
学内の講座・研究室に所属し、医学研究を行うものです。学内の全講座を対象に事前に調査を行い、どのような内容で、どんな研究が可能かを学生に提示することにしました。大学院も含め、47の講座・分野から、学生の受け入れ可能な研究内容に関する提示がありました。
②学外コース
学外(他大学)の研究室に所属し、医学系自然科学に関する研究を行ものです。本学は単科の医科大学であるために、他の総合大学と比較すると学内の研究室だけではどうしても研究の領域が限られてしまいます。そこで、学生の選択の幅を広げるために、学外に研究指導の場を求めました。具体的には本学と教育・研究領域で包括協定を締結している明治大学(生田キャンパス:理工学部)に受け入れをお願いしました。
③調査研究コース
これはグループディスカッションとグループワークを主体に、医療に関する問題点を抽出し、解決策を作り出すというコースです。このコースにはさらに以下の3つを設定しました。
1) デザインによる創造的な問題解決:患者さんへの説明資料や案内掲示、あるいは医学の初心者に教育するためのわかりやすい教材などについて、デザインによる創造的な問題解決を行うものです。このコースについては、医療と情報デザインの連携という観点から医学教育に積極的にかかわっておられる多摩美術大学情報デザイン学科の吉橋昭夫准教授にご指導をお願い致しました。
2)病院内の掲示に関する調査研究:「わかりやすい掲示」をテーマとして、病院内掲示物の問題点を基礎資料として、質的統合法(KJ法)を用いて問題構造と改善に向けた行動計画を検討するものです。この課題については多職種連携という観点から、本学の多職種連携教育を担う総合教育センターのスタッフにも協力を頂きました。
3) IT技術の応用に関する研究開発:医療分野に応用されている新しいIT技術の応用について検討するもので、2つの課題を設定しました。ひとつは分身ロボットとして話題になっている「OriHime(オリイ研究所)」の臨床応用について、もうひとつは医学教育の観点から、聴診用の教材である「聴くゾウ(TELEMEDICA)」について学生の立場からより有効な活用法を提案するというものです。
④論文比較研究コース(ジャーナルクラブ)
医学系雑誌の中から適当な研究論文を選んで抄読するものです。このコースは実際に研究に携わるわけではありませんが、このコースの目的としているリサーチマインドの涵養や、研究の手法等について学ぶことは十分可能と考えています。
<研究室配属コースの成果と評価>
研究室配属コースは今年始まったばかりであり、評価と検証はまだ実施できておりません。この原稿の締め切りには間に合いませんが、令和元年12月にこのコースの一環として、成果発表の場を設けています。そこでの内容が評価のひとつとなると考えています。
一方これに先立って、学内外で自主的に2つの発表が行われました。ひとつは学内で多職種連携活動の一環として毎年実施されている「知恵と実践の報告会」における発表です。この報告会に調査研究コースの中から、「医学部学生がとらえる『院内掲示をわかりやすいものにするためには』の問題構造」と題する成果発表が行われました。この発表は同報告会の奨励賞を受賞しました。もうひとつは、第13回日本禁煙学会学術総会における発表で、「医学生の喫煙調査:加熱式タバコの普及状況と喫煙所の遠方移転に伴う喫煙行動の変化」と題するものです。この発表は第3回の日本禁煙学会繁田正子賞優秀賞を受賞しました。
研究室配属コースの評価はこれからですが、これらの例からみてもある程度の成果はあげられているのではないかと考えています。今後学生、教員双方からの意見を聴取し、実施時期、期間も含めて在り方を検討していきたいと考えています。
<おわりに>
研究室配属コースの目的は、一言でいえばリサーチマインドの涵養ということです。我々は先輩たちから教わったことを学生に伝えていかなければなりません。しかしそれだけでは不十分です。彼らは我々とは違った時代で仕事をし、成長していかなければなりません。そのためにとくに思考力、判断力、表現力を養うことは大学のような高等教育の場においても極めて重要なことと考えます。このコ-スがそのための一助となることを願っています。
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