*第62回*  (2021.2.26 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は近畿大学での取り組みについてご紹介します。

近畿大学医学部における研究医養成のための取り組み
文責 :   近畿大学医学部 松村 到 医学部長
はじめに
 近畿大学医学部では、学生が卒業時に達成すべき教育アウトカムとして、自律的継続的学習能力(自ら課題を発見し、自ら継続的に学び、自己研鑽を続ける態度をもつ)、課題解決能力と医学研究への連結(課題の解決に当たっては、常にエビデンスに基づいて判断し、エビデンスが不足する課題においては、自らエビデンスを作り出す医学研究に向かう姿勢をもつ)をあげている。これは、表現を変えると、リサーチマインドをもった医師、つまり、研究医の育成を目指すものである。研究医には、臨床研究医(臨床に携わりつつ、医学研究を行う医師)と基礎研究医(専ら基礎的な医学研究に従事する医師)があるが、当医学部ではどちらの道に進むことも重要視している。

カリキュラム構成での工夫

 当医学部では6年一貫のらせん型教育でアウトカム基盤型教育を実践している。しかし、学生は各学年における試験、進級という意識が強く、基礎医学と臨床医学を別物と考えてしまいがちである。研究医育成という教育アウトカムを達成するには、学生に、臨床医学は基礎医学に基づくものであることを理解させる必要がある。このために、当医学部ではカリキュラムの中で、基礎と臨床の垂直統合型の授業をこの数年で大きく取り入れてきた。また、少人数でのTBL(team-based learning)やPBL(problem-based learning)などのアクティブラーニングを取り入れることで、学生が自ら考える態度を育成することにも努めている。さらに、臨床医学教育においてはエビデンスに基づいた医療(Evidence-based Medicine, EBM)を学ばせるとともに、論理的思考に基づいた臨床推論力の育成に努めている。このようなカリキュラム構成を通じて、臨床研究医の育成に努めている。また、基礎研究医育成については、学生が基礎医学を体験できる科目を1,2学年で開講している。

医学研究へのいざない:「医療イノベーション学」
 当医学部に入学してくる学生の大多数は将来、臨床医になることを目指しており、医学研究に対する興味や意識が全くないというのが現状である。このため、学生に医学研究への興味を持ってもらうことを目的として、1学年の前期に「医療イノベーション学」という科目を開講している。講義内容を下に示すが、これまでの医学が医師だけではなく、製薬企業、医療器メーカー、医師以外の研究者によってどのように発展してきたのか、また、今後、医学がどのように発展していくのかについて、外部から多業種にわたる講師を招き講義してもらっている。この科目の目的は、各講義の具体的内容ではなく、学生が医学研究に興味を持つことであり、それが研究医を育成するための第1段階だと考えている。
 「医療イノベーション学」の講義内容 
 

医学研究の基礎作り:「科学的思考演習」
 科学的で論理的な思考や推論は、医学的な診断や治療、最新の医学情報の収集や体系化など、様々な場面で必要とされる。1学年で通年開講されている「科学的思考演習」ではそれらの基となる科学的な思考法について物理学や論理学を中心として教育を行っている。高校までの学習ではあまり要求されなかったレポート作成やプレゼンテーションなどのアウトプットに重点を置き、プレゼンテーションやディベートを経験しながら実践的なスキルが修得されるよう工夫がなされている。また、医療においてもIT化が急速に進んでいるため、コンピュータを充分に活用でき、溢れる情報を充分に使いこなすトレーニングも行われる。これらを通じた、医学研究の基礎作り、総合的な情報リテラシーの獲得を目標としている。

医学研究との最初の接点:「医学概論」
 1学年の前期では、医療イノベーション学と並行して「医学概論」という科目を開講している。医学概論は全部で15回あるが、前半9回は「講義シリーズ」、後半6回は学生が基礎医学教室・部門に配属されて行う「演習シリーズ」である。「講義シリーズ」では、“医学研究のあり方”、“分子生物学の発展”、“脳の科学”などのテーマのもとに基礎医学と臨床医学の関係、研究における科学的方法論について、講義が行われる。「演習シリーズ」では、学生は、少人数グループとなって、基礎医学教室を中心とした各教室に配属される。各教室独自の課題を与えられ、教員の指導のもと討論を行う。あるいは、研究テーマに関連した実験演習・見学を行う。本科目を通じて、学生は能動的に学び、考え、表現する態度を学び、医学研究への参画など、将来の研究医としての基盤を修得するよう教育が行われる。

基礎医学研究の本格的な体験:「基礎配属実習」
 学生は、2学年の研究室配属実習までに、遺伝子組み替え、動物実験施設利用の資格を取れるように講習を受けることが義務付けられている。基礎配属実習では、学生は基礎医学教室あるいは関連教室に配属され、 3週間という短い期間ではあるが、研究者(教員・大学院生)と行動を共にして研究活動を行う。研究活動を通して、科学的な知識や思考、問題解決能力を培い、医学文献の活用法についても学ぶこととなる。この実習での到達目標は、下記のように定められている。
 基礎配属実習で実験指導を受ける学生
 

 研究室配属実習の到達目標 
 

Advance Research Training (ART)プログラムの実施
 卒業後に本大学病院で初期臨床研修を行う意志のある学生の中で、希望する学生には、4学年から大学院の共通必修単位の取得を可能としたARTプログラムを2016年度から開始している。ART履修生として修得した医学研究科科目の単位は、最大5単位まで医学研究科入学後に履修したものとして認定される。また、ART履修生として、医学研究科の科目3単位以上を修得した学生は、初期臨床研修の初年から、医学研究科への社会人入学を志願することが出来る(ART履修生でない場合は、研修2年目から)という特典も与え、研究医養成に努めている。しかし、入学生は多くなく(最大時でも5名)、今後、学生がより参加しやすい、魅力あるプログラムを策定していくことが課題となっている。


成果
 少数ではあるが、学生の一部は、研究に興味を持ち、基礎配属実習の終了後も研究室に通って卒業まで研究を続けている。このようにして得られた成果を在学中に学会発表する学生もいる。また、2020年には、CPCクラブの学生たちが、医学教育学会の学会誌に医学教育についての論文を発表した。

 学生による学会発表 
 

 CPCクラブが発表した論文
 

さいごに
 研究医の育成は国内の全医学部にとって喫緊の課題である。現研修医制度、専門医制度のもとで基礎研究医の育成は極めて困難と言わざるを得ず、抜本的な対策が必要と感じる。一方、臨床研究医は、特殊な存在ではない。ゲノム科学、分子生物学などの知識、論理的思考は、一般臨床に携わる臨床医であっても、必須の資質である。当医学部での研究医の育成への取り組みはまだまだ不十分であり、今後、より改善させていきたい。