*第64回*  (2021.6.25 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は川崎医科大学での取り組みについてご紹介します。

川崎医科大学の学部における研究医養成の取り組みの紹介
文責 :   川崎医科大学免疫学 石原 克彦 教授

初めに
 川崎医科大学は建学の理念として、人間をつくる、体をつくる、医学をきわめる、を掲げ、人間形成を重視し、その基盤のもと医学を極めることのできる良医を育成することを教育目標としています。私自身は学部における教務関連の業務を直接的に担当してきたわけではありませんが、2016年の学習成果基盤型教育(OBE)カリキュラム作成ワークショップに参加したことと、大学院教育の視点で、その基盤となる学部教育を俯瞰してきたことから、川崎医科大学の学部における研究医養成の取り組みを紹介させていただきます。

川崎医科大学の学生と研究医
 
研究医養成の成果指標の一つとして最もわかりやすいのは大学院への進学状況です。 本学大学院への進学者は毎年10名前後で、医学部入学定員124名の約8%であり、昨今の国内医系大学院としても平均的なレベルと思われます。ただ、新研修医の数が毎年40名弱であり、その20%以上が大学院に進学しているとすると進学率は高いとも言えます。
 川崎医科大学の学生の約80%が医師の子弟であり、その中には家業としての医院を継いだり、地域の私的・公的医療機関に勤務したりして、地域医療に貢献するとの志を持つものが多くを占めると思われます。したがって医学を学ぶ動機としては、総合臨床医として幅広い医療の知識と技量を修得するか、限られた領域の疾患を治療に集中して高度な医療技術を身につけ専門医として活躍するか、いずれにせよ臨床医を目指すものが大部分であり、最初から研究医を目指す学生は極めて少いと思われます。したがって、良医の一つの形としての研究医を育成し、社会に輩出するためには、このような構成の医学生の中から、研究医になることを自分の進路の一つの選択肢として考えられるようにすることが大切で、そのためには、何よりも研究の楽しさ・魅力・やり甲斐を知るということが重要と思われます。


川崎医科大学のカリキュラム

 本学では、学部学生に対して研究医養成の特別なコースは設定していませんが、カリキュラムの目的として通底する良医育成の中で研究医育成の要素が内包されています。
 現行のカリキュラムでは、卒業時達成コンピテンスを
I.プロフェッショナリズム、II. コミュニケーション能力、III. 医学と関連領域の知識、IV. 医療の実践、V. グローバル化する社会および国際社会への貢献、VI. 研究マインドの育成と定め、VIのコンピテンシーとして1. 医学的発見の基礎となる科学的理論や考え方を理解することができる。2. 医学的な未解決分野の問題点や課題を発見することができる。3. 問題解決のための対策や方法論を提示することができる。の3点を掲げています。
 カリキュラムマップ(図1)で研究マインドの育成を担うコース「医科学の基礎」に属する科目として、1年次の「医科学入門」、「基礎科学実験(物理・生物・化学)」に始まり、2年次の「情報活動と組織行動」、「数理サイエンス講義とプログラミング実習」、「医学研究への扉」、3年次の「データ分析に基づく研究講義」、4年次の「医学論文とUSMLE」が組まれています。また、「良医の礎」コースの中のリベラルアーツ選択
Iには、研究医を良医の一つと捉えて、研究への興味を導く内容の選択科目があります。この中で、研究医養成に最も貢献し得る科目として「医学研究への扉」の特徴を概説します。

図1 2021年度 カリキュラムマップ 
 

医学研究への扉
 本科目は、プロフェッショナリズム、コミュニケーション能力、医学と関連領域の知識、研究マインドの育成の達成、の4つのコンピテンスにつながる科目ですが、研究マインドの育成に最も寄与する実習科目です。解剖学教室 樋田一徳教授の発案・企画により2015年に開始された科目で(図2)、到達目標として以下の5つが含まれています。
1)実施可能な研究計画を設定し、研究を遂行する。2)実験データや研究知見を討論する。3)研究室のルールを守る。4)実験の記録を残す。5)成果を抄録とポスターにまとめ、説明することができる。

図2 2015年 「医学研究への扉」初回の別冊シラバス・学生指導計画の巻頭言

 具体的には、2学期期末試験の終了後、11月の初めから5週間、受け入れ教室に学生を配属し、準備された研究課題に取り組み、学会形式で発表する技法までを体験的に修得します。また、研究に関して理解しておくべき必須の事項1. 人を対象とする医学研究に関する倫理、 2. 研究現場における安全性確保(バイオセイフティ/動物実験)、3. 遺伝子組換え実験、4. 医療機関における研究実施:外来、検査、感染、処方、臨床研究・個人情報保護、5. 研究デザインと統計解析、6. 研究の実際:手続、計画、実施、発表、研究データの取扱いと不正防止、についての授業を受講し、臨床研究、微生物使用実験、動物実験、遺伝子組換え実験については簡素化した様式で事前に関連委員会での承認が必要です。
 初年度の配属受け入れは、学内の教養系(教室数2)、基礎医学系(10)、応用医学系(3)、臨床系(38)の53教室101研究課題に加えて、学外協力校4校の4研究課題の計105課題に対して、学生の希望調査を行い、教員一人が平均1−2名の学生を担当する形で配属教室を決定しました。研究課題は基礎医学研究から臨床研究に至るまで幅広い内容が企画され、学生の多様な医学的好奇心や将来の進路にあった選択が可能であったと思われます。そして期間最終日に開催される「学生学術発表会」で大判ポスターにまとめた研究の成果を発表することが必須の課題とされ、事前の抄録提出とパワーポイントでのポスター作成、発表予行も行い、あたかも実際の学会発表を体験するような内容となっています。そして当日の学生と教員審査委員による審査結果と指導教員の評定を加味して、総合的に成績評価されます(図3,4)。

図3 学生教職員ラウンジを使用した「医学研究への扉 学生学術発表会」(2019年) 
 
図4 「医学研究への扉 学生学術発表会」でのポスター発表(2017年) 

 期間の限定された実験で最終日にポスター発表するという時間的制限があるために、どうしてもある程度準備されて結果の出ることが確実に見込める課題になってしまうというところは否めません。しかし、結果が出ないで終わってしまうというよりは、形として研究活動を一通り体験することの方が有意義とも思われます。2020年は、新型コロナウイルス感染予防対策として移動を伴う学外の研修は廃止して学生配属・研究実習を行い、最終日の発表をポスター発表から会場を分散した口頭発表へと変えました(図5)。
図5 「医学研究への扉 学生学術発表会」での口頭発表(2020年) 

終わりに
 本学では研究医養成のための特別の課程を設置するには至っていませんが、建学の理念にある「医学をきわめる」ためにOBEの卒業時達成コンピテンスに「研究マインドの育成」を掲げ、1から4年次のカリキュラムの中に研究医養成につながる内容の科目を開講しています。中でも2年次の5週間の教室配属で行う「医学研究への扉」は、濃縮された大学院博士課程を体験するような実習となっていて、研究医という良医を意識させるのに有意義なものと考えています。この期間に研究の楽しさ・魅力・やり甲斐を体験し、この科目の学修経験が卒後に研究医という進路を目指して大学院へ進学する動機付けとなることを大いに期待しています。しかし、学部卒業生が大学院への進学を考え出すのは卒後2年以降であり、「医学研究への扉」が大学院進学にどのような効果を及ぼしているのかは、今後点検評価し、継続的に改善してゆく必要があると考えています。