*第8回*  (H24.6.26 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は名古屋大学での取り組みについてご紹介します。

名古屋大学医学部学生研究会
       
(文責:名古屋大学大学院医学系研究科 学生研究会担当 黒田 啓介 先生)

1. はじめに
 現在、研究医の減少が全国的な問題になっており、初期臨床研修の必修化がその原因ではないかと言われています。一方、名古屋大学医学部では、研修必修化以前から、現在の初期臨床研修制度のモデルにもなっている、「名大方式」と呼ばれる卒後臨床研修を行ってきました。専門分野に偏らない幅広い診療能力を身につけるという点において、市中病院で2年間のスーパーローテートを行うこの方式は非常に有効でしたが、一方で学生・卒業生の臨床志向が強くなりやすく、結果として研究志向の相対的な低下を引き起こしていました。この問題に対し名古屋大学は、基礎医学セミナー(いわゆる基礎配属)の充実や、MD・PhDコースの開設、また推薦入試や3年次編入学を利用して研究志向を持った学生を集めるなど、研究医を増やすための制度の整備を行ってきました。しかし、このような取り組みにもかかわらず、学生の臨床志向は依然として強く、研究を志望する学生・卒業生をどのように増やしていくかが課題となっていました。

 そこで名古屋大学医学部では、平成24年度より、新たに「名古屋大学医学部学生研究会」という取り組みを開始しました。研究会では、研究室横断的な研究志望の学生のサポートを行うとともに、研究発表を通じた研究計画の立案やプレゼンテーションなどの研究に必要な技能の向上や、学会参加や短期留学の際の旅費支給といった研究面でのサポートのみならず、ミーティングや合宿を通じた研究志向の学生間および学生・教員間の交流を図り、研究を志向する学生のコミュニティーを作ることで、精神面でのサポートを行っています。


2. 名古屋大学のカリキュラムとこれまでの取り組み
カリキュラムと卒業後の進路
 名古屋大学医学部医学科の学生は、2年次より3年次前期まで基礎医学系講義・実習を行った後、半年間の基礎医学セミナーを行います。4年次には社会医学系講義・実習と臨床医学系講義を行い、5・6年次には臨床実習を行います。卒業後、多くの学生が、市中病院で2年間の初期研修と、市中病院もしくは大学病院で4年程度の後期研修を行い、一般的には卒後7年目頃に、大学院に進学します(表1)。 

 
 表1 名古屋大学医学部のカリキュラムと医学部学生研究会


基礎医学セミナー

 基礎医学セミナーは、3年次後半に行われる本学の研究医養成において中心となるカリキュラムです。平成3年から行われており、現在は6ヶ月間という全国でも類を見ない長期間となっています。学生は基礎系および社会医学系研究室に各研究室3人から4人ずつ配属となり、半年間の研究生活を送るとともに、セミナー修了後に開かれる研究発表会において、全員がポスターもしくは口頭での研究発表を行います。発表は、教員と学生の審査を受け、優秀な発表を行った学生(毎年10名程度)は、海外学会あるいは国内学会における発表の機会が受けられます。

推薦入試
 平成20年度より、推薦入試の出願資格を「特に医学研究者への志向性を持ち、例えば本学のMD・PhDコースへの進学を希望するような人材」とすることで、研究志向を持った学生の選抜を行っています。推薦入試の平成24年度の定員は12名(一般入試との合計は107名)で、推薦入学生は、指定された選択授業を受講して、研究医となるための指導を受けるとともに、MD・PhDコースへの進学が推奨されています。

3年次学士編入学制度
 平成17年度より、「生命科学系あるいは理工学系の学部を卒業し、多様な経験を有する人材を選抜し、将来の医学研究を担う国際的に卓越した医学研究者を養成すること」を目的に3年次学士編入学制度を行っています。編入学の平成24年度の定員は5名であり、これらの学生は入学初年度(3年次)から卒業(6年次)まで、基礎医学の教室にて研究を行いつつ、通常5年間で行う医学専門科目カリキュラムを4年間で修了します。

研究者養成特別コース(MD・PhDコース)
 医学研究を志向する学部生が、若いうちから研究を開始することが出来るよう、医学部入学後4年次またはそれ以上の教育を履修した者を対象とした、研究医養成コース(いわゆるMD・PhDコース)を平成19年度から行っています。このコースでは、一旦休学して博士課程に進み医学博士号(PhD)を取得します。その後、医学部に復学して医学士(MD)となることが可能です。

研究科長直属大学院コース
 医学部卒業生が、早期にかつ自由に研究に専念できるように、医学部修了直後、または卒後研修修了直後およびその2年後までの者を対象とした大学院博士課程を平成19年度から行っています。指導教授を研究科長とすることで、医局の病棟業務などに縛られること無く研究に専念できるとともに、医学博士号(PhD)の取得後は、本人の希望により、基礎医学、臨床医学の講座に入って研究を継続、発展させることができます。


武田科学振興財団医学博士課程奨学生および医学研究者奨学生
 平成23年度より、大学院博士課程入学者のうち、30歳以下の医師およびMD・PhDコース入学者を対象に奨学金制度を設けています。それぞれ、在学中は月額300,000円および250,000円を支給します。

3. 学部生・卒業生に対する聞き取り
 上記の取り組みと合わせて、学生および卒業生の研究志向を調べるために、学部生に対し、研究および研究医の印象について聞き取りを行いました。その結果、研究をしたいと考えている学生は入学時には全体の2−3割程度であるものの、学部の高学年になるに従って徐々に減少して行くことがわかりました。そして減少していく理由を調べたところ、研究医としての生活に対する不安や、臨床医として復帰できなくなることに対する不安、また、同期とくらべ臨床技能に差がつくことに対する不安が主な理由でした。これらの不安は、まとめると他人と異なることをすることに対する不安であり、たとえば研修病院や診療科の情報など、臨床に関する情報は先輩などから大量に伝わるのに対し、学生の周囲に研究医がいないため、研究医のキャリアに関する情報がほとんど伝わらず、学生が研究医のキャリアに対して過剰な不安を抱いていると考えられました。また、研究が大変そう・しんどそうという意見も多く聞かれました。確かに、日常臨床にくらべ、日々の実験はやりがいのわかりにくい部分がありますが、一方で研究において発見をしたときの喜びは他ではなかなか味わえないものであり、そういった研究の楽しさが学生に充分伝わっていないと考えられました。また、卒業生から聞かれた意外な意見として、「後期研修が終了する時期になると、臨床技能の向上が一旦停滞するため、その頃に研究をやってみたいと思うようになる。ただ、研究をやりたいと思って大学院に進学した場合も、臨床系の大学院では教官のマンパワーが不足しており、充分な指導が受けられず、どうして良いかわからないうちに大学院が終わってしまう。」といった意見や、「医者は失敗をしないために上級医の指示を仰ぐことが多いが、研究は上司の指示を待つだけでなく、失敗を恐れずに自分で考えて挑戦することが必要。そのような医者と研究者の態度の違いを理解するのに苦労した。」という意見も聞かれました。

 
写真1 低学年からみた研究者の印象.
 
写真2 高学年からみた研究者の印象

低学年より高学年のほうが、研究者に対する印象が悪いことがわかる。


4. 名古屋大学医学部学生研究会の活動

 本研究会は、平24年度に開始され、現在試行錯誤しながら、以下のような活動を行っています。
研究活動
 3年次の基礎医学セミナーを中心として研究室での研究活動を行い、可能であれば卒業までに1本の論文をまとめ、卒業前に研究発表会を行う予定です。実際の研究を行うことで、研究遂行能力のみならず、研究者の心構えを身につけます。
進捗報告会・リトリート
 進捗報告会を月1回行います。リトリートは、東京大、京都大、大阪大との4大学リトリートと、名市大、岐阜大、三重大、愛知医大、藤田保健衛生大との東海6大学リトリートをそれぞれ年1回ずつ行います。メンバーの前で、これまでの研究成果を発表することで、プレゼンテーション能力を身につけるとともに、学内及び学外の研究志望の学生や教官との交流を図ります。
旅費の補助
 国内学会や海外学会への参加や、海外短期留学を斡旋するため、優秀な学生に対して、旅費の補助を行います。
医学部カリキュラムとの関係
 本研究会で行う予定のセミナーや研究室配属は、通常の医学部カリキュラムに上乗せする形で、授業時間外や夏季や陶器の休業期間に行います。そのため、研究会への参加は学生にとって時間的に負担となりますが、一方で、参加する学生と参加しない学生との間には、通常カリキュラムにおける違いはありませんので、同級生と同じように進級しながら、研究を行うことが出来ます(表1)。
卒業後・進学
 研究会参加によって研究に興味をもち、より本格的に研究を行うことを希望する学生には、MD・PhDコースや奨学生制度を利用した大学院進学を勧めます。

 
写真3 勧誘のために作成した学生研究会のポスター

5. 最後に
 これまで、名古屋大学は研究志望の学生を増やすために、カリキュラムや入学試験、大学院進学コースなど、制度の整備を中心に取り組んできましたが、一方で、学生の研究に対するモチベーションをどのように上げていくかについては、学生や研究室任せとなっており、研究室横断的なサポートは充分に行われて来ませんでした。また、周囲からのサポートがないことは、学生の孤立化や指導教官の疲弊を引き起こし、学生や指導教官のモチベーションの低下を招いていました。その結果、折角整備した制度が充分に生かされないばかりでなく、学生や指導教官の間に研究医養成に対するネガティブな印象が蔓延していました。こうした状況を改善するために、名古屋大学は「学生が部活動のように気軽に参加できること」、「研究志望の学生にとって出会いの場になること」、「研究に必要な技能や態度(いわゆるリサーチマインド)を楽しく身につけられること」、「学生だけでなく学生を指導する教官のメリットにもなること」を基本に医学部学生研究会を立ち上げ、活動を行っています。今後も、学内・他大学との交流を深めながら、より良い活動にしていきたいと考えています。

名古屋大学医学部学生研究会ホームページURL: http://med.nagoya-u.ac/nsam/index.html