*第3回*  (H30.6.25 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は山梨大学での取り組みについてご紹介します。

卒前卒後の医学教育における国立大学医学部と地域医療機関との関係
文責 : 山梨大学医学部地域医療学講座  佐藤 弥 教授
(山梨県地域医療支援センター長)

 山梨県は、大都市圏に隣接しているにも関わらず医師不足が進行している地域である。平成30年度の専攻医数は37名であり、うち外科医は1名のみであったことからもその深刻さは読み取れる。首都圏の高齢者増加に伴う医師不足や都会志向が強い若い医師が多くいることを鑑みると、今後も医師を山梨に確保することが大きな課題となるだろう。確かに、大都市圏と比較すると患者の絶対数は少ない。しかし、患者が集中しアクセスが容易である大都市圏と、患者全体数が少なくアクセスが困難な地域を単純に比較することはできない。山梨県の医師不足の解消には、山梨大学医学部の医学教育、特に卒前教育が重要である。平成20年度より医学部入学者の定員が増加したことに伴い年間35名の地域枠推薦を導入し、地域医療学講座を設置するなど山梨県とともに医師の山梨への定着に努めている。本稿では地域医療学講座が主催する取組みを紹介する。

1.地域医療機関等での実習

 本学の学生は、1~4年次(平成30年度カリキュラム)まで、それぞれの地域医療学の実習を受講している。

 1年次には、早期臨床体験(ECE:Early Clinical Expose)として県内15箇所の400床未満の地域病院にて2日間に渡り看護師業務を通じ医療現場を体験する。初めて提供者側から医療機関を見学する機会であり、5~6名のグループで実習に参加、コミュニケーション能力やチーム医療の重要性を看護師から学び、実習終了後にはグループ員で協力してまとめと発表を行う。また、医師の心構えを身に着ける一環として学外から地域病院院長や医師、診療所医師、在宅専門医など様々な分野で活躍をしている医師を招き、現場の実態を聞く機会を設けている。

 2年次には、附属病院で実施されているトリアージ訓練に、患者役・付添役・ボランティア役として参加する。学内外の医療機関の医師や看護師、そして自治体からの参加者とともに地域社会の一員として訓練に参加することで、地域の災害時をシミュレーションしておくことの重要性を認識できるよう指導している。

 3年次には、山梨県内の消防署(救急隊)にご協力をいただき1人で1当務24時間、消防署に滞在し搬送の際に救急車に同乗する「救急車同乗実習」を実施している。救急搬送を搬送側から見る事の重要性を知ることはもちろん、1人で救急隊員の輪の中に入り、救急の実情を伺ったり日々の訓練に参加させていただくことで、コミュニケーションの実践・向上を求めている実習である。近年、救急患者の受け入れ拒否が問題となっており、実習中に目の当たりにする学生も多くいる。一方で、本実習を経験した卒業生が医師となり実習中の受け入れに協力してくれたというエピソードもある。本実習には危険が伴うこともあり、実習前には隊員の方から事前講義を行っていることを補足しておく。

 4年次では(平成30年度まで)、山梨県内の医療・介護関連の20テーマより1つを6名前後で成り立っているグループに割り当て半年間かけて現状分析・問題提示・実際の現場への聞き取り調査を行い、学生たちの自由な発想で改善提案を作成し報告書にまとめ、学会方式での発表を行う。このフィールド研究は9年間に渡って実施してきた。

 新カリキュラムでは、本実習に代わって5年次より開催されるBSL(:Bed Side Learning)の中で4箇所ほどの中小病院で1週間病院実習を行うことを予定している。実習先によって内容が異なることが想定されるが、医学生の医療行為の範囲も拡大傾向にあり、それぞれの学生が実習をどのように生かせるかが、今からとても楽しみである。

 このように各学年を通して必修の実習を行い、学外の医療機関や消防署、そして大学が所在している地元市民との関わりを持つこと、つまり「地域社会」の重要性を認識させることを指導するよう心掛けている。後期日程にて入学してきた学生にとっては、卒業後に山梨県の皆さんと関わることはないかもしれない。しかし、地域住民、そして、地域医療は、どこで医療行為を行う上でも切っても切り離せない。この考え方を、学生のうちから身につけてもらうことが重要なのだと考えている。

 
 実習の様子

2.任意参加の在宅実習

 主に、3,4年次生の医学生と看護学生を対象に山梨県在宅医療研究会の協力を得て在宅医療体験実習を実施している。毎年、15~30名程度の学生が参加し訪問診療研修を受けている。大学在学中に在宅医療を経験、研修できる機会は少ない。参加人数は少ないが、在宅医療を体験できる機会を設けることは、将来的に在宅医療を行う医師の養成につながることはもちろん、在宅医療を知った医師が増えることで、在宅医との連携が円滑になり、より良い医療を提携できることが可能となることに期待している。参加学生からは、急性期中心の医療だけではなく、生活に密着した医療の現場を経験できたとして好評価を得ており、リピーターが多い実習である。


3.地域枠推薦学生

 山梨大学医学部の地域枠推薦学生(以後、地域枠)には例年35名以内の入学者がいる。地域枠学生は、修学資金の金額により初期臨床研修期間を含めた3年もしくは9年間山梨県内の医療機関に就業する必要がある。地域枠入学であることを面接で確認し、県内での就業を約束しているにも関わらず、職業選択の自由を掲げ他県での研修や就業を試みる者が見受けられるのは非常に残念なことである。山梨県と山梨大学が共同で設立している山梨県地域医療支援センターを通じて、在学中から個別および集団面談を繰り返し実施し、義務の履行についてより深い理解をしてもらえるよう努めている。


4.山梨県の自治体との協力

 前述した山梨県地域医療支援センターを通して山梨県と連携し、山梨県内の医療機関への医師の就業を図っている。これまで2つの病院(群)に内科医を5名、整形外科医を2名常勤として新規に配置した実績がある。その他には8病院については、様々な診療科から8名の医師を派遣している。今後、医師研修の長期化された今日におけるキャリアパスとして地域枠医師の地域病院への配置が検討されている。

 産婦人科、特に産科については、分娩可能医療機関の減少に伴い、産科医の増加・分娩可能医療機関の増加を考慮する必要に迫られている。本学の産婦人科学講座の協力により、妊婦健診を居住地域で行えるセミオープンシステムを採用することができた。これにより、最寄りの婦人科で妊婦健診を実施し、分娩可能施設である本学がその情報をネットワークで参照し、分娩のみを請け負うことが可能となった。このようなシステムを発展させていき、今後、少数の産科医で広範囲の地域の分娩を行い得る医療施設を少しでも多く確保していくことが課題となっている。


 山梨大学は、山梨県と山梨県医師会、そして地域病院と密接に関係を築き、医師の確保や医療の提供を行えるよう尽力している。地方の大学病院では、安易に医師の増加は期待できないが、そんな中でも実情に合った医療提供を行い得るよう取り組んでいる。