*第21回*  (R5.6.21 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は信州大学での取り組みについてご紹介します。

地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育
文責 :

信州大学医学部地域医療推進学教室

中澤 勇一  准教授 

●はじめに

 長野県は、長年にわたる保健予防活動により、長寿で医療費支出が少なく地域医療の先進モデル県として知られている。信州大学医学部の長野県の地域医療に果たしてきた役割は大きいと考えられ、実際に、県内で医療を担う医師の60%以上が信州大学と関連のある医師(卒業生、および、信州大学で初期研修、専門研修を受けた医師)となっている。
 地域医療構想などの今後の医療供給体制の変化に伴い、地方国立大学医学部の地域医療に果たす役割は人材を供給し結果的にその地域の医療に貢献する、といった受動的なものから、自ら診療科に関わらず地域のニーズを考え診療の場にあった医療を能動的に実践できるような人材の養成へ変革すべきと考えられる。卒前の地域医療教育の最大の目的は、この能動的な人材の育成にあると考えられる。

●地域医療教育の定義

 1980年には地域医療研究会が「地域医療とは包括医療(保健予防、疾病治療、後療法および更生医療)を、地域住民に対して社会的に適応し実践すること」と、さらに、自治医科大学の梶井英治教授は、その著書で地域医療を『地域住民が抱える様々な健康上の不安や悩みをしっかり受け止め、適切に対応するとともに、広く住民の生活にも心を配り、安心して暮らすことができるよう、見守り、支える医療活動』と定義しており、地域医療が単に特定地域での医療を行うことではない点を強調している。
 また、JA長野厚生連佐久総合病院の若月俊一元院長は「医療はすべからく地域医療であるべきで、地域を抜きにした医療はありえない」と述べている。「大病院で働くにせよ、地域の中小病院や診療所で働くにせよ、どんな形の医療であれ地域を診るという視点は必要であり、地域医療という枠組みは医療そのものである。」とも言い換えられる。この点からは、地域医療とは医療を行う上での姿勢であり、どの地域・医療機関においても求められる役割を認識し全うする態度そのものと言える。この考えからすれば、地域医療教育とは、まさに医療の教育そのものであると言える。

●信州大学医学部における地域医療教育

 信州大学医学部に、長野県寄附講座としての地域医療推進学講座が、医師不足を主たる原因とする長野県の地域医療の崩壊を少しでも阻止すべく「県内病院の特に医師不足が深刻な診療科における医師の養成・確保を図るため、医師が不足する特定診療科の効率的な医師の養成等に関する実践的研究を行い、信州大学医学部を中心とした即戦力医師等の供給システムの構築を図る。」を目標に、2009年度から2011年度の3年間の予定で設置された。
 2012年度からは、長野県寄附講座としての地域医療推進学講座が解消され、新たに信州大学医学部教室としての『地域医療推進学教室』が開設され、高校生、医学生、若手医師を対象とした、主に医師の相対的不足(医師の地域偏在・診療科偏在など)の解消のための事業と活動の他に2011年10月より長野県の医師確保等総合事業の柱として併設された信州医師確保総合支援センター信州大学医学部分室として長野県医学生修学資金貸与者(学生・医師)の進路相談ならびにキャリア形成の支援、さらには、2013年からは医学教育研修センターと協力して以下のような地域医療教育と2020年度より信州大学医学部地域枠入学者の卒前教育を担当している。

■「地域医療」授業

 これまで信州大学医学部医学科3年次生の必修、来年度以降4年生次に必修となる予定の授業である。地域に根ざした医療を実践している講師の講演を通じて、医療における地域の視点の重要性ならびに地域の医療が抱える問題点とその対策についての認識を深めることを目標としている。これまで「地域医療って楽しい?」、「在宅医療の現状と課題」、「地域に根差した医療の実践」、「大町市における地域医療再生の取り組み」のテーマで行われてきたが、総計4回と授業回数は限られている授業ではあるが、学生にとって地域医療そして自らが目指す医療を捉えなおす機会となっていた。授業後のアンケートでも、「地域医療は地方に限るものだけでなく、いわゆる都会でも見られるものであり、その場も小さな診療所から大学病院まで至るところで見られるものだと分かった」、「医師として働くことはどういうことなのか、病院はどうあるべきなのかを考える貴重な機会になった。」、「地域医療は地域に根付いた経験豊富な医者が担うものというイメージがあったが、4回を通して、地域医療の中心を担うのは我々若い世代であることが一番強く印象に残った。」、「地域において、それぞれ必要とされることは異なるためそれに応じる柔軟さや、地域の人々と関わるうえでの信頼関係を築く人間性が大切であることを学んだ。」などと非常にボジティブな反応があった。
 新カリキュラムでは、この授業時間が大幅に拡充される予定であり、さらに多くの学外講師を招聘する予定である。

■参加型臨床実習

 2014年度より、信州大学医学部は世界標準の医学教育をめざして、臨床実習のプログラムを大きく改変し、5年次からの実習先病院の選択肢が150通りとなるよう「実習の場」を拡大し、世界標準である72週をめざして「実習時間」の拡充を図った。また、学生が医療チームの一員に加わり、患者の診療、カルテ記載、患者マネジメント等を実施するなど、見学型(ポリクリ)の実習内容が、診療参加型(クリニカルクラークシップ)へと改革されている。この臨床実習は、現在、長野県内約30病院の協力のもと、地域に密着した形で実施されている。

■学校推薦型選抜入学者を対象とした地域医療実習

 現在、長野県内の高校からの学校推薦型選抜入学者数は、2020年以降毎年25名となっており、その内訳は地元出身者枠(卒後の研修・勤務要件なし)10名、地域枠15名(長野県医学生修学資金貸与あり・卒後の研修・勤務要件あり)となっている。2020年以前は、毎年20名の県内枠推薦入学者(推薦入学)があったが、2020年以降の地元出身者枠、地域枠の区別はなかった。
 この、県内枠推薦入学と学校推薦型選抜入学の3年生を対象に夏季休業中と春季休業中に短期間(2泊3日)の県内8- 10施設、前記の診療参加型実習施設でない小規模病院と診療所において地域医療実習を実施してきた。
 実習内容は、訪問診療・訪問看護同行、介護施設(食事・入浴介助)、保健福祉課でのレクチャー、保育園の健康診断見学などであり、参加学生は、その地域ならではの医療のあり方や地域の医療施設の果たす役割、多職種連携を学ぶことが可能であり、地域の医療ニーズ全体を俯瞰、理解できる教育の機会となっている。さらに、この実習は、座学の「地域医療」の授業で思い描いた医療のあるべき姿を体感できる機会そのものであり、学生のその後の学習、実習の糧となっている。

■地域枠入学者への教育

 地域枠入学者においては、1年次から長野県医学生修学資金が必ず貸与され、卒後に9年間県内の公立・公的医療機関等で一定期間、診療に従事することを条件にこの返還が免除されることになっている
 長野県、長野県の地域へ卒後に貢献する意志を有して受験、入学した地域枠学生を対象とした卒前プログラムは、そのモチベーションを維持するとともに、医学の知識以外の幅広い学びの機会を提供することを目的としている。以下が2022年度の実施内容である。

◇小児科と地域医療(講演)
◇本邦の医療政策の問題点(講演)
◇家庭医療の現場(講演、ワークショップ)
◇医療人類学入門(講演)
◇非医療者が考える地域包括ケア(講演、ワークショップ)
◇医療・福祉の多職種協働(講演、ワークショップ)
◇コミュニティーサポート(講演、ワークショップ)
◇Evidence-based Medicineの実際(講演)
◇出生前診断(講演、ワークショップ)
◇コロナ禍での臨床倫理(講演、ワークショップ)
◇スポーツと栄養(講演)

●課題と展望

 これからの医師には自分の知識・技能・態度を常に高める努力が必要であるとともに、患者や地域のニーズを感受し、それに答えるために変容する能力が求められている。その能力の涵養において質の高い地域医療教育は極めて重要であり、その教育のブラッシュアップが常に求められている。
 最後に、地域医療を学ぶことは本来の医療を学ぶことであることを再度強調したい。